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[あらすじ] 表の顔と裏の顔を持つ青年実業家の仲間達のユニークな関係 |
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陽気な居候たち
もし、(あなたは幽霊を信じますか)と聞かれたら、何と返事しますか?はいですか?いいえですか?私なら即座にはいと答えます。なぜ?ってお聞きになりたいですか? 私、近藤権左ェ門龍ノ臣新之介(こんどうごんざえもんたつのしんしんのすけ) 厄介な長い名前ですみません。これ、正真正銘、私の戸籍上での名前なんです。私の先祖のお祖父さんの遺言で、自分の死後から五代目の長男に命名せよと、それが家宝のように、後の 世にも生きていて、その五代目の長男、私のことですが、不幸なことにそんな名前を付けられてしまったと言う訳です。 あっ はいと答える理由でしたね。実は私は幽霊と暮らしているからです。 驚かないで下さい。私は決して幽霊ではありません。れっきとした生身の人間です。 それも自分で言うのも なんですが、親譲りの二枚目です。歳は38歳心身とも健康・・・なはずです。 幽霊と暮らしているなんて、心身とも健康といえるかどうか。それも幽霊は一人ではなく、 四人と一匹です。その中に名づけ親の先、先、先、先、先代の当主の権左ェ門お祖父さんも居ます。 呼ぶのに面倒なので、殿 とあだ名が付いています。 二人目は小さい時から、私を養育したばあやの菊、この人は私の母を3歳のとき,亡くしてから、母親兼家庭教師のような人でしたが、 私が18のとき、私を気にかけながら、亡くなりました。 三人目は泥棒の二郎吉、私の家に入り込み、七つ道具の点検を怠った為に、屋根に引っ掛けた紐が切れ、頭から落ちてそのまま、あの世にいったドジな奴ですが、可愛そうなので名前だけは義賊の鼠小僧二郎吉に肖って、私が付けてやりました。
四人目はいつの間にか、家に居ついて消えようとしない、元教授(とか言ってましたが定かではありません) もう一匹というのは犬の五郎です。五郎は私の愛犬でしたが、老衰で死にました。 それぞれ、特徴、個性ある幽霊ですが、怖くはなく皆、陽気というか明るい幽霊ばかりで 私は退屈しないで暮らしています。なんとおかしなこという・・と思うでしょうが、一度私と幽霊とお茶してみませんか? そうすれば、きっとあなたは(幽霊をしんじますか?)と聞かれたら、はいと笑顔で答えられることを約束しますよ。 お嫌ですか?そうですか 仕方ありません。
私の先祖は○○藩の豪族でした。幕府に隠れ、秘密の鉱山で金の発掘を続け、それを当主しか知らぬ場所に隠匿し、それを代々の当主のみに伝え、明治維新後、金を少しづつ、東京に運び、お金に換えて、小さな商売を始めたのが、先、先、先代の当主 つまり、私の曽祖父。祖父がよりおおきく株式会社にして、今現在の貴金属製造卸、丸吉(まるきち)貴金属とした。そのトップの座にいるのが、実はといえば、へんてこな居候と同居中のこの私なのです。
話は5年前に戻ります。私はその頃、ちょっとした有名人でした。 そのきっかけを作ったのが婚約者の佐藤秋子でした。秋子は週刊誌の記者、(現代のヒーロー) と題した若手実業家の活躍ぶりや私生活を紹介する企画の第一号に私に白羽の矢が放たれた。 (是非、自宅で寛ぐ)私を取材したいと申し込んできた。 私は最初、会社の中なら取材に応じると答えたが、そこを是非にと押し切られ、取り巻きの 重役達には会社の宣伝になるとしぶしぶ応じる羽目になった。自宅に来られては居候たちのことが ばれてしまうと小心者の私としては まことに不都合、居候のことは私だけの秘密であり、 また、立ち入ってほしくない領域でもあった。 その日がやってきた。 秋子は若いカメラマンの小池を従え、やってきた。 「何と大きな家なんでしょ」 秋子は目を見張った。飯倉のはずれに、まるで赤坂の迎賓館を真似たような門扉を 構えた入り口から、そこから50メートルぐらいのポプラ並木をはべらした砂利道を 通って玄関までやってきた。ドアは鶴の羽ばたきの彫刻を施した、鉄製でできていた。 「ごめんください」 秋子は心臓の高まりを指先にこめインターホーンを押した。 「どなた様でしょうか」 歳老いた優しい声が返って来た。 「今日のアポイントメントを取っております、週刊誌の記者です」 重いはずの鉄製ドアがこともなげにスーッと開いた。 「お待ちしておりました。さあ、どうぞ」 年寄りは中に招き入れると、十畳ほどもある玄関ホールを抜け、応接間に案内した。
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著作者:マダム娑婆可(そわか) ホームへ
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