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秘密の庭のウサギ
七月に入り、日差しが強くなってきた。
ムーは最近小屋からなかなか出て来ない。翼が言うには、ムーは夏になると完全にひきこもるらしい。こうも暑いと仕方ないが、なんとかできないか…有羽は思っていた。
今日の公園はじりじりと暑く、有羽はクラスのポロシャツに制服スカート、サンダルという完全夏スタイル。りんごを一個、もやしを一袋(お金がなった)、アイスを二つ持って緑地に入る。
緑地は少し涼しく、ムーはまわりを囲む中で一番大きな木の陰にちょこんと座っている。その木に翼も寄り掛かって、眠っていた。
寝顔があまりにもきれいで、有羽は自分が前よだれをたらし大の字で寝ていたことを闇に葬り去りたくなった。 しばらく翼に見入っていた。 疲れているのかな、ご飯食べてるのかな、今日は違う雑誌だ。あ、どうしようアイス溶けちゃう… 色々なことを思う。毎日ムーのことばっかりだった有羽の頭の中では、いつのまにか翼の領域も大きくなっていた。
ムーが有羽に気付き、走りよってきた。翼は気付いて目を覚まし、辺りを見回しやっと有羽を見つけた。少し寝呆けつつ笑顔を見せる。 「あ、おはよう…」 有羽は心臓が止まるかと思った。最近、翼は会うとすぐ自然に笑ってくれる。
武田さんとは仲良さそうだったなぁ。お兄さんの前ではどうなんだろう。他の家族は?…変な感情。ムーと私で翼くんの笑顔、二人占めできればいいのに。
アイスを渡すと、冷たさに完全に目を覚ましたらしく、顔をパシパシ叩く。なんか小動物みたい。
「あのさ、ムーに日除けを作ってあげない?」 有羽は今日ずっと、それを考えていた。 「板とか買ってきて、少しでも日陰をさ」 「そうか、いいかも」
ムーはやっぱり暑いらしく、有羽からもやしの袋を奪い取り犬小屋に駆け込んだ。たまに暑いことに腹を立て、空に向かってムームー言っている。それも見ている分にはかなりおもしろいが、やっぱりちょっとかわいそうだ。二人は次の日曜日、犬小屋の脇に日陰を作ってあげることにした。
今日も天気はよかった。 ホームセンターで、翼はぶつぶつと考えながら釘やベニヤ板を抱えている。そこを他の買い物客が不思議そうに見ながら通り過ぎる。 Tシャツにデニムといった作業しやすい格好だが、色白で細く人気俳優顔負けな(愛想はないが)外見なため、あまりにも資材コーナーが似合わず、みんなが見るのも無理はない。有羽は吹き出した。
二人で外を歩くのは初めてなのに、有羽もサロペットにスニーカー姿。行き先はホームセンター。少し残念だが、一緒に何かできるだけでも有羽はうきうきしていた。
9 「持つよ」 翼は外に出ると、有羽の分の荷物も持ってくれた。以外と力はあるらしい。なぜか並んで歩くのが恥ずかしく、有羽は翼の後ろをついて歩いた。
「おい、早川」
振り返ると、同じくらいの年だろうか、派手な格好をした男子が二人いた。翼はあからさまに面倒そうな顔をした。 「何?彼女いたの?」 「違う」 きっぱりと否定。 「へぇ、かわいいじゃん。そういうの興味なさそうだと思ってたけどなぁ」 「だから、違うって」 二人はにやにやしているが、なんだか友達ではなさそうだ。ちょっと、嫌な感じ。
「おまえ、まだクローバーに世話になってんの?」 クローバーとは、翼がバイトしている美容室だ。 「コネがあるやつはいいよなぁ。就職も決まりか。一生髪洗って掃除させてもらえんじゃん」 有羽はこの二人がすごく嫌いだと思った。 「行こう」 翼はそれだけ言うと歩きだした。 「おいてめえ!」 一人が翼に殴りかかる。翼は倒れ、道に木材をばらまいた。 「ムカつくんだよ!その態度がよ。汚ねえことしてんのに、いい子ぶってんなよ!」 翼は何も言わない。黙って木材を拾う。そこをもう一人が蹴る。有羽の中で何かが切れる音がした。
バチーン!!
何か平べったいものに横から打たれ、一人が吹っ飛んだ。翼が振り返ると、自分くらいの大きなベニヤ板を持ち上げた有羽が仁王立ちしていた。
「もう一回やってほしい?」 男子達は悪態をつきながら逃げていった。 こんなにムカついたの、久しぶりだ。何あいつら!次会ったら角材投げてやる…
「佐倉さん…」 しばらく呆然としていた翼は、それだけやっと言うと笑いだした。 「バカ力…!!すげぇ。何今の?最高…!」 うれしくない。 「だって悔しいじゃん!!翼くんも殴り返せばよかったのに!なんで黙ってたの!?」 「今ので十分だよ。あぁ、すっきりした…行こ」
翼は服が真っ黒になって、擦り傷もできていた。なんでやられっぱなしで平気だったのか、有羽はむっとした。 「いたっ」 袋を持ち上げたら、手のひらに痛みが走る。ベニヤ板を掴んだ時に切ったらしい。翼はすぐ有羽の手を取り、傷の具合を見た。 「大丈夫!?」 心配そうだ。 「ううん、私翼くんより強いもん」 ちょっと皮肉をこめる。翼は悲しそうな顔をして、手を離した。
ムーが二人を心配そうに見守る中、作業が始まった。二人とも無言だ。何で私あんなこと言っちゃったんだろう。
「俺さ」 トンカチ片手に、翼が口を開く。 「ケンカ、強すぎるんだ。その…昔から加減知らなくて。一回ケンカ売られて病院送りにしちゃって。今やると、たけさん達に迷惑かけるから…」 衝撃だ。 「あいつら、美容室のバイトってなかなかできないから変に妬んでるんだ。何かにつけてからんでくる。巻き込んで、ごめん」
しばらく黙って、「言い訳終わり」とつぶやく。有羽のもやもやは吹き飛んだ。 「…だからさっき、本当にすっきりした。ありがとう」 翼はまっすぐ有羽を見て、穏やかに言う。いつも真っ赤になって下向いてるのに。有羽が逆に真っ赤になった。
かなり不恰好な日除けが出来上がった。左の方が明らかに高い。
「…ペンキ塗ったらちょっとマシになるんじゃないかな」 「うん…」
ムーはしばらく様子を伺い、日除けに入る。ぺたんとうつぶせになった。気に入ったようだ。 「よかったね!これで夏も大丈夫だね。」 有羽が振り向くと、翼がいない。
帰っちゃった?やっぱり気にしてたんだ… ムーをなでながら、さっきのことを後悔する。 「佐倉さん!」
すると、すぐ翼が戻ってきた。 「ごめん、すっかり忘れてて‥作ってる途中、痛くなかった?」 息を切らしながら、コンビニのシールがついた絆創膏の箱を差し出す。ここから走っても5分はあるのに…有羽は泣きだしていた。予想もしない反応に、翼はすごく慌てた。 「そんなに痛かったか!?」「違う!」
有羽はなんとか顔を上げた。 「優しいね、すごく嬉しい。ありがとう」
精一杯、ありきたりだけど、なんとか言葉にした。翼はさらに驚いた様子でもごもごしたが、深呼吸をすると有羽の頭にそっと手を乗せた。
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