鼓動

"現代小説"  著作者:セオリ      オンライン小説SNSへ


[あらすじ]
中学生の、片思い。
好きなのに、
思いを伝えられなくって。
どうすればいいのか分からずに...
鼓動
プロローグ

  暗闇で声がした。
「お前は何がしたいんだ」
樟の声。かすれているのにずんと腹に響く。
わたしは壁に沿って冷たい灰色のタイルに垂直に立っている。両手両足を縛って。このよどんだ世界から樟に消してもらうために。
 乾いた足音とわずかな人のぬくもりが近づいて、喉元に冷たさを感じた。鈍色のナイフが華奢なようで堅い指先に光っている。
「ひとつきでやってよ」
上ずったか細い声が口からこぼれて樟の前髪をわずかにゆらした。
「俺は理由もないのに死にたい奴と、生きる見込みがあるのに死を選ぶ奴は殺さない」
相変わらず冷たい目をして樟は言う。初めて出会ったあの日と同じように。目を細めて眉間にしわを寄せているけど唇の端はゆるんだ不可思議な表情。
 わたしはそっと目を閉じた。




1)出会い@

 あれは高1の夏だった。遊び場のアミューズメント施設。朝から降りしきる激しい雨が建物の屋根にそびえる大きなボーリングのピンをたたいていた。プリクラに興じる女子高生を遠めに見ながら、わたしはいつものようにゲーム機のイスに腰掛けていた。隣ではゲームオタクが画面に目を凝らしてしきりにボタンを押している。電子音と人の笑い声や叫び声、女子高生の媚びた声。いろんな音が交じり合って騒々しいこの空間がわたしの最も落ち着ける場所だ。雑音に身をゆだねて日常を忘れられるから。
 ドサッ、ボコッ、ガチャン。
すぐ後ろでいざこざが始まった。
またか。
いつものように振り返らない。
 一瞬空気が止まって騒々しさが増す。女子高生のキャーッという叫び声。店員のあせった声。それでもわたしは振り返らない。ゲーム機に頬杖をついて隣のオタクが放棄した画面を眺めていた。
 急に騒ぎ声が弱まった。わたしはまだ画面を見つめている。その時、肩に人の手を感じた。ごつい白豚のような手。わたしはゆっくり振り返った。
「お前、何しらけた顔してんだよ」
DJ志望っぽい坊主頭が言う。整えるのを失敗したのか、わざとなのか右の眉毛が微妙に短い。そういや中学校のときにクラスにこういう奴がいて、みんなにポチって呼ばれていたなぁっとわたしは思った。きっと、その時思い出し笑いのように顔が緩んだのだろう。突然わたしの体が宙に浮き、坊主の顔が間近にあった。
げっ。
「なんでわたしなんだよ。関係ないじゃん」
身の程知らずにもわたしはタメ口をきいた。目線は右の眉毛に釘付けのままだ。
「お前だけこの場で知らん顔してるからだよ」
ヤンキー兄ちゃん特有のいちゃもんつけかよ。
わたしは厄介なことに巻き込まれたと思いながら、逃げることも考えていなかった。坊主の太い指が首に食い込んで、顔が熱くなってくる。誰も助けようとはしない。あたりまえだけど。ここで下手に動こうなら無事にこの場から出れる奴なんていないことくらい馬鹿でもわかる。でも、わたしはあえて言った。
「下ろしてくれない。痛いんだよ」
何ぃっと坊主の眉間にしわが走る。横目に坊主のこぶしが見えたその時、声がした。
「コータ、お前腹減ってるだろ」
坊主の手が緩んだその隙に、わたしは奴の手を振り払い、足跡だらけの汚いコンクリートの床に尻餅をついた。見上げると、坊主が黒いランニングシャツを着た男と話して苦笑いをしている。床に鉄パイプと2人の若い男が転がっている。
さっきの騒ぎの原因か。
わたしはこれ以上巻き込まれないように、そっと後ずさりをしてゲーセンのドアを目指し始めた。他の客も何事もなかったようにそれぞれの遊びに戻り始めていた。わたしは人の群れの中にうまく紛れ込み、ドアにたどり着いた。ドアの向こうにまだ雨が見える。濡れてもかまわない。右手首の傷だけを左手で押さえて右手でドアの取っ手に手をかけようとしたその時、右の視界に黒い影が見えた。わたしは無視して出ようとした。でも、黒い影はすでに出ようとしたドアにもたれかかってわたしを見ていた。
「どいて」
黒いランニングシャツにわたしは言った。でも、奴は何もいわずにわたしの目を見ている。冷たいその視線にわたしは心の中を見透かされて、過去とわたしのすべてを引きずり出される気がして目をそらした。
 奴の首元に半透明の曲線が3本走っている。変なところを傷つけるんだなぁっと自分の傷とそいつの首を見比べた。リスカの跡。無意識に何度も何度も傷つけた後に残るなんともいえない気分を思い出して、わたしは顔をしかめた。
「何か用」
わたしはいらいらしていた。もともと短気でキレたら自分をコントロールできなくなることくらいわかりきっているから、そうなる前に早くこの場を出たかった。
「帰ったらまた切るん」
黒シャツがわたしの右手をあごでしゃくった。
「関係ないじゃん。どいて」
そろそろ限界がきて、わたしは黒シャツを押しのけて外に出た。
ざーっという雨の音と生ぬるい夏の雨がわたしを包んだ。
男なのに華奢な奴やったなぁっとわたしはさっき押しのけた黒シャツの肩を思い出しながら走り始めた。
雨はますます激しくなって、行く手の視界をさえぎっている。
くそっ。あんなことがなければ雨宿りぐらいできたのに。
わたしはさっきの出来事を苦々しく思って走る速度をあげた。


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