|
[あらすじ]
もうまったく見なくなってしまった『真夜』。
おばあちゃんの語る昔話に、幼いのんちゃんは夢をみます。 |
|
|
|
真夜ーマヤー
おばあちゃんは時々昔の話をしてくれます。のんちゃんはそのお話を聞くのが大好きです。だからその日ものんちゃんはおばあちゃんにお願いしました。
「おばあちゃん。お話して。」
おばあちゃんは優しく笑うと、編みかけのマフラーを膝の上に置きました。
「そうだねぇ。どんな話をしてあげようか。」
のんちゃんの期待に満ちた目がおばあちゃんに注がれます。
「じゃあ、おばあちゃんが小さな子どもだった頃に見た、不思議な生き物の話をしてあげよう。」
おばあちゃんは昔を懐かしむように、シワだらけの優しい目を細めました。
おばあちゃんの昔話が始まります。そして、その昔話はのんちゃんの耳から入って、のんちゃんの中へと広がっていくのです。
「まだアタシが小さかった頃、アタシら子供達の間で面白い噂話があったんだ。それはねぇ、三軒隣りの子が、『マヤ』を見たって言うんだよ。その『マヤ』っていうのはね、昔から言い伝えられていたオバケで、真夜中、本当に真っ暗になった時に出てくる、大きくて真っ黒いオバケなんだ。
アタシも最初は嘘だって思ったんだけどね。みんながやたらと騒ぐものだから、本当かもしれないと思って、夜中にこっそり灯りを持って家を出たんだ。そりゃまぁ怖かったよ。あの頃は今みたいに夜が明るくなくて、本当に鼻の先も見えないぐらい真っ暗だったからねぇ。でも恐怖よりも興味の方が勝ってたんだろう。ほとんど足元だけしか見えないような明かりだけで、何十分も『マヤ』の姿を探して歩いたんだ。
自分の耳がおかしくなったんだろうかと思うほど静かでねぇ。
そうやって何十分も歩いているうちに、やっぱり『マヤ』なんていないのかなと思って帰ろうとした時だった。あたしは大きな壁にぶつかったんだよ。こんな所に壁なんかあっただろうかと思って、あたしは灯りをかざしてみたんだ。そしたら、」
おばあちゃんは一呼吸置いて、のんちゃんの方を見ると二カッと笑いました。
「マヤだったんだ。アタシがぶつかったのは壁なんかじゃなくってマヤだったんだよ。あの時は本当にびっくりしたねぇ。なんせマヤって奴はえらく大きくて、深い闇よりももっと黒いんだ。アタシが持ってた灯りの光さえ吸い込まれていっちまうくらいにね。
アタシはしばらくの間固まったまま動けなかった。マヤの方はって言うと、あたしがぶつかってから数分ぐらいになってやっとアタシに気づいたらしく、大きな体には似合わないほどの小さな耳みたいなものをピクッと動かしてね、ソロリソロリって深い闇の中に消えていった。
アタシはマヤを見て不思議と怖いとは思わなかった。ただ、そこにあるべきものを見たって気がしたんだ。
その日以来、アタシはマヤの姿を見ることは無かったし、『マヤ』という言葉を口にする人も見なくなった。
マヤは一体何処に行ってしまったんだろうね。」
おばあちゃんは話し終えると、ホウッと息を吐きました。
のんちゃんは目を大きく見開いて、今聞いたばかりの不思議な話について考えてみました。おばあちゃんの話にはいくつか分からないところがあったのです。
「ねぇ、おばあちゃん。」
のんちゃんは自分で考えてみましたが分からなかったので、おばあちゃんに聞くことにしました。
「マヤはオバケなの?それとも妖精さん?」
おばあちゃんは腕を組んで、「う〜ん。」と考えました。
「本当のことは分からないけど。」
そう言っておばあちゃんは楽しそうな笑みを浮かべます。
「おばあちゃんが思うには、夜の化身だったんじゃないかなぁ。」
「ケシンって?」
聞いたこともない言葉にのんちゃんは首を傾げます。
おばあちゃんはのんちゃんに分かりやすい言葉を捜しながら答えました。
「化身っていうのはね、目に見えないものが人の目に見えるように、何かの姿を借りて現れるっていうことなんだよ。だからマヤは、本当は目に見えない夜そのもので、あの姿は仮の姿なんじゃないのかな。っていうこと。」
のんちゃんはやっぱり小首を傾げます。
「じゃあ、妖精さん?」
おばあちゃんは「ちょっと難しかったかねぇ。」と言って、のんちゃんのつやつやとした髪をなでました。
のんちゃんはおばあちゃんの暖かい手に撫でられながら、おばあちゃんが最後に呟いた言葉を、心の中で繰り返しました。
『マヤはどこに行ってしまったんだろう。』
「どこに・・・。」
お風呂に入って、パジャマを着て、歯を磨いて寝る準備をすると、のんちゃんは布団の中にもぐり込みました。
「のんちゃん。もう灯りを消しますよ。」
そう言って、のんちゃんの隣の布団に入っていたお母さんが、電気の紐に手を伸ばしました。
カチッ。カチッ。カチッ。
小さな音をたてて、お部屋の明かりが消えて暗くなります。
「ねぇ、ママ。」
のんちゃんはお母さんがいる方を向きました。
「なぁに?」
暗い中からお母さんの声が返ってきます。
「今日ね。おばあちゃんにマヤのお話を聞いたの。それでね。のんちゃんもマヤに会いたいなって思うんだけどね。でもね。おばあちゃんはね。何処に行っちゃったのか分からないって言うの。」
暗やみに目が慣れて、少しずつお母さんの顔がはっきりしてきます。
お母さんはのんちゃんの話している事がよく分かりません。でも、のんちゃんがあまりにも真剣に真ん丸い目を向けてくるものですから、お母さんは言いました。
「じゃあのんちゃん。いつか探しに行っておいで。それで見つかったらおばあちゃんにお話してあげるといいわ。おばあちゃんきっと喜ぶから。」
お母さんはのんちゃんの肩をポン、ポン、とたたき始めました。そのリズムが心地よくって、のんちゃんの目はトロンとし始めます。
「おやすみなさい。」
その声が聞こえたか、聞こえなかったか、のんちゃんは真っ暗い夢の世界に入っていきました。
ペタペタペタ、
上も下も分からないような真っ暗な闇の中、のんちゃんの足音だけが響きます。
ペタペタペタ、
のんちゃんはおばあちゃんに聞いた『鼻の先も見えないぐらい真っ暗』という言葉を思い出していました。きっとこんな暗闇だったのでしょう。
それにしても何分経っても暗やみに目が慣れることはありません。
「おかあさん。」
最初はこの暗闇を不思議に思うだけで恐怖など無かったのに、のんちゃんの心にはだんだん『こわい』という思いが静かに入ってくるのです。
「おばあちゃぁん?」
本当に何があるのかも、何も無いのかも分かりません。
「うっ、ぐぅ、おとうさん。」
のんちゃんの目にはみるみる涙が溜まっていきます。
「あ〜ん。わぁ〜ん。」
のんちゃんはついにしゃがみ込んで泣き叫び始めました。のんちゃんは必死に涙をぬぐいましたが、ちっとものんちゃんのほっぺは乾きません。なぜなら、ぽろぽろと、どこからやってくるのか不思議なほどに涙が溢れ出してくるからです。
その時、のんちゃんの肩に何か、温かくて柔らかいものが触れました。
のんちゃんは突然の事にびっくりして、目をまん丸にしたまま、その何かの方を見ました。
そこにはこの真っ暗な暗やみを、もっと真っ黒に切り取るものがあります。でもあまりに大きすぎてのんちゃんの視界には入りきりません。のんちゃんは思いっきり首を上に伸ばしました。さっき流した涙の最後の一滴が、ゆっくりとのんちゃんのほほを伝って落ちていきます。
「はぁぁ!」
のんちゃんは息を飲みました。
のんちゃんの見上げた先には、おばあちゃんが言っていたのとそっくりそのまま同じ姿の『マヤ』がいるのです。
「マヤ?」
のんちゃんは大きな暗やみに話しかけました。
小さな耳みたいなものが付いた暗やみは、コックリと頷きます。
「マヤなのね!うれしい!」
のんちゃんはさっきの涙なんて無かったみたいに、ニッコリと嬉しそうに笑いました。
「会いたかったの。」
マヤはもう一度静かに頷きます。
のんちゃんはじっとマヤを見つめました。その時のんちゃんはおばあちゃんの『マヤはどこに行ってしまったんだろう。』という言葉を思い出しました。
「そうだ。あのね。教えて欲しい事があるの。」
マヤは黙ったままのんちゃんの側にいます。
「おばあちゃんがね、言ってたの。昔あなたにあった事があるって。でもね。その後はもう会えなくなって、あなたのお話を聞くこともなくなったんだって。でね、おばあちゃんがね、マヤは何処に行っちゃったんだろうって言ってたの。」
のんちゃんはあまりに長く喋ったものだから疲れてしまいました。それに、さっきからずっとマヤを見上げている所為で、首も痛くなってきました。
マヤはそんなのんちゃんの質問を聞いてしばらく黙っていましたが、やがてドローっ溶けていくみたいにして、のんちゃんと同じ背丈まで縮みました。
そして、マヤはのんちゃんだけに分かる言葉で話し始めました。
〈ボクハ、もう君の町には居られなかったんだ。ダッテ、君の町にはもう、真っ暗闇が無くなってしまったから。〉
のんちゃんはマヤの不思議な声に聞き入ります。そして、おうちに帰ったらおばあちゃんにお話してあげようと、必死にマヤの言う事を理解しようとしました。
〈ボクハネ、真っ暗闇の中に棲むんだ。ダカラ、君の町からトオクノ森に引っ越したんだ。君の知らない真っ暗闇がある森にね。〉
のんちゃんはマヤの話を聞いて、なんだか悲しくなりました。そして、自分が生まれた時からずっと、マヤのことを知っていたような気がしました。
だから、のんちゃんはせっかく会えたマヤとお別れするのはイヤだと思うのです。
「どうしても、戻ってきてくれないの?」
〈ウン。〉
マヤは静かに答えます。のんちゃんは少し俯きました。とっても悲しいのです。でも駄々をこねてもきっとマヤは戻ってきてはくれないのです。
のんちゃんは顔を上げて笑顔を作りました。
「じゃぁ、お別れだね。」
のんちゃんの目にはみるみる涙が溜まっていきます。そして、次の瞬間のんちゃんはマヤの真っ黒な体に勢いよくしがみ付きました。
〈バイバイ。のんちゃん。〉
マヤは姿をどんどん周りに溶け込ませていきます。
「バイバイ。」
のんちゃんは最後のお別れを言いました。
「のんちゃん。のんちゃん。」
お母さんの声がします。のんちゃんは真っ暗闇の中からゆっくりと眼を開けて出てきました。
のんちゃんがいる場所はとっても明るい場所です。でもまだ夜中のようです。
「大丈夫?のんちゃん。こわい夢でも見たの?」
お母さんは心配そうな顔をのんちゃんに向けていました。
「どうして?」
のんちゃんは涙に濡れたまつげをパチクリとさせます。
「ほんとうに?だいじょうぶ?」
お母さんはまだ心配そうにしています。のんちゃんはニッコリと笑いました。
「あのね。マヤにあったの。とってもうれしかったの。」
お母さんはキョトンとしていました。泣くほどこわい夢を見たはずの娘が笑っているのです。お母さんにはなぜだか分かりませんでした。でも『うれしかったの。』と言ったのんちゃんは、嘘をつく時に見せる、目を細めるいつもの仕草をしませんでした。
だからお母さんは少しホッとして言いました。
「よかったね。のんちゃん。」
そう言ってお母さんはのんちゃんをしっかりと抱きしめました。
のんちゃんはお母さんの温かさの中で、再び眠りにつきました。でも、その中で見た夢には、決してマヤは出てきてはくれませんでした。
|
|
ホーム>オンライン小説,ネット小説,ウェブ小説,総合の投稿小説空間へ |
|
|
|
|
|
|