|
[あらすじ]
一週間だけ、主人公が物静かな不思議少年、『田中君』とひたすらに観察して日記をつけるという話。
※サンミーというのは、パンです。 |
|
|
|
田中君観察日記
田中君は、恐ろしくもの静かな男の子だ。この年代の男子にはめずらしい人種だと思う。
みんなは、たぶん気付いていないだろうけど、おかしなほど伸ばしている前髪からときたま見える田中君の顔は、実はとても綺麗だ。
前々から田中君に興味を持っていた私は、ひそやかに『田中君観察日記』をつけることにした。
私のことを変だとか思わないでほしい。決して自分のことをまともだとかまっとうなんて思ってはいないけれど。
私は家に帰った後、すぐに三沢文房具へ行って、ノートを買った。最初はストレートに『田中君観察日記』と書こうと思ったのだけど、それでは誰かにバレたときに厄介なことになるだろうと思ったので、『数学ノート』と無難に書くことにした。
ものぐさな私のことなので、だらだらやると途中でさじを投げるに違いない。ということで、私は一週間と期限を決めた。
わくわくと胸を弾ませながら、私はノートを通学用かばんにきっちりと入れた。
そういえば、明日は水曜日だ。なんて中途半端なんだろう。どうせなら月曜日からにすればよかった、と私は思った。
六月八日 水曜日
朝は不機嫌そうだ。いや、やっぱり分からない。相変わらず顔は見せない。
一、二時間目は、熟睡していた。
三時間目からはノートをとっているわけじゃなく、ただ黒板をまっすぐ見ていた。
お昼ごはんはサンミーを五つも食べていた。
五時間目はまた熟睡していた。放課後になると、第二音楽室に行ってピアノを弾いていた。
『猫踏んじゃった』だった。その後は図書室に行って、『爬虫類図鑑』を読んでいた。
そこからは、たぶん家に帰ったと思う。今までは分からなかったけれど、静かなじゃなくて、かなりおかしな人間だったみたいだ。
六月九日 木曜日
今日はずっと枝毛をハサミで切っていた。
たまに口元だけがにやにやとしていた。ちょっと恐かった。
お昼ごはんはまたサンミーを食べていた。好物みたいだ。
六つも食べて気持ち悪くならないのがすごい。意外に大食漢らしい。
放課後は屋上に行って日向ぼっこをした後、また第二音楽室でピアノを弾いていた。『猫踏んじゃった』じゃなくて、有名な曲っぽかった。たぶん。
ピアノが上手いことが分かった。そのあとは図書室に行って、『車輪の下』という本を読んでいた。本が好きらしい。
六月十日 金曜日
中間テストの順位が張り出された。田中君は七位だった。わりと頭は良いらしい。体育の授業中にバスケットボールが顔面に当たって、田中君は気絶した。
運動神経は鈍いらしかった。そのときに面白半分でみんなが田中君の顔を見て驚いていた。
メガネも割れていた。
保健室に観察しに行ったら、ベッドで寝ていた。いきなり起きたと思ったら、「ストーカー女」と言われて、「俺のこと好きなの?」と笑って聞くから、「好き」と答えてみた。
田中君はそれを無視して、「今度、ショパン弾くから聴きに来てよ」と言った。
意外に女たらしなのかもしれない。
その日も相変わらずサンミーをもくもくと食べていた。六つのうち、一つはヨンミーだった。
六月十一日 土曜日
ほんとは月曜日にまた書こうと思ったけど、偶然土曜日に会ったのでついでに観察した。
いつもと同じで、前髪で顔を見えなくしていた。服装は黒いTシャツに深い青のジーンズをはいていた。意外に普通だった。
手には楽譜らしきものを持っていた。
六月十二日 月曜日
朝、家から出ると、私の家の前に田中君がいた。
初めて「おはよう」と挨拶を交わした。
今日は授業も聞かずに何かの楽譜を見ながらピアノを弾く真似をしていた。
前に言っていたことは本気だったみたいで、放課後に「ショパン弾くから、聴きにおいで」と言われて第二音楽室に行った。知らない曲だったけど、とにかくうまかった。
サンミーをいつも食べているのはなんとなくなんだと言っていた。
たまにヨンミーを入れるのは気分転換だったらしい。田中君がショパンの楽譜をくれた。
六月十四日 火曜日
今日は体育のプールでまた田中君が溺れて、斉藤君に助けてもらっていた。
なぜか斉藤は顔を赤くして田中君を見ていた。
田中君の肌は尋常じゃなく白くて、ひょろりとしていた。
お昼はサンミーを七つ買っていたけど、さすがに多かったのか、一つ私にくれた。
休み時間の間に、男子に机を倒されて、『数学ノート』の中身を男子に見られた。田中君も見てられた。
「だから俺のこと見てたのか」と田中君は笑っていた。
六月十三日 水曜日
今日は眠っていなかった。でも授業をまじめに受けていたというわけでもなかった。
お昼ごはんはやっぱりサンミーだった。ただ、今日は二つで、田中君にしては少なめだった。
放課後にまたピアノを弾いていた。聞いたことはあるけど、名前は分からない曲だった。
下校時間になっても、延々と弾いていた。
何度か目が合った。田中君は少しだけ前髪の間から綺麗な顔をのぞかせて、たぶん私に笑った。
六月十四日 木曜日
今日はずっと私のことを見ていた。(自意識過剰じゃないと思う。絶対に)
お昼ごはんはサンミーを五つ食べていた。そのうちの一つをまた私にくれた。
放課後は図書室へ行っていた。どこから出てきたのが分からないけれど、『爆乳天国』という明らかに成人向け雑誌を読んでいた。
田中君にもそういうものが読みたいお年頃らしい。
そのあとは第二音楽室で、これもまたどこから出したのか、ピアノではなくフルートを吹き始めた。知らない曲だったけど、とても上手だった。
どうも音楽の才能があるらしい。
田中君は「そんなところで見てないで、来たらいいのに」と私に笑って言った。
前髪の隙間から、新しい眼鏡と、薄茶色の瞳が見えた。
私はなぜかどきどきして、目をそらした。(これは田中君の観察じゃなく、私の感想だ)
| |
著作者:猫田柳 ホームへ
作品の著作権は著作者にあります。無断転載は厳禁です。
|
|
|
ホーム>オンライン小説,ネット小説,ウェブ小説,総合の投稿小説空間へ |
|
|
|
|
|
|