タイムマシーンのメッセージ
短編  著作者:かとうみまろ      投稿小説空間ホームへ

[あらすじ]
主人公のまどかは小学校の教師。
ある日、まどかとそっくりな顔をした謎の少女アコと出会い、同居を始める。
まどかは、黒木という同僚の男性にひそかに恋をしているが、
アコは何故か黒木のことを嫌っている…。
何故嫌っているのか、アコは一体何者なのか…?
タイムマシーンのメッセージ
 ――恐竜の絶滅にはいろいろな説があるが、真実は分からない。
  気候の急変、彗星の衝突…、
  いずれにしても、地球を征服していた種族が完全に滅びた。

  人間にもいつかその日が来るかもしれない。
  その原因は環境汚染か、核か。
  もしかすると、人間は理性の生命体らしく、
  絶望のために死んでいくのかもしれない。―




風の強い日だった。
古い校舎の窓は今にも吹き飛ばされそうだった。
たてつけの悪いドアがガタガタと不気味に揺れた。
仕事を終えたまどかは職員室を出た。
いつもよりも真っ暗な廊下を抜けた玄関で、辺りを見渡した。

(最後かな。カギどこだっけ。)

玄関の側にあるポストの中を探りながら半開きのドアを眺めていた。
  ぎぃ…
風は一層激しさを増し、ビュービューと吹きつけた。
ポストの鍵を開けてさらにその底に隠された入れ物のふたにある鍵を
決められた数字に合わせると、中からカギを取り出せる。

ドアを閉めようとしていると妙な気配がした。
こっちへ近付いてくる気がして手を下ろした。
「誰か残っていらっしゃったのですか?」
誰もいるはずはない。けれど気配がある。足音も感じない。
でも近くまで来ている気がする。恐る恐るドアに顔を寄せた。

  風が一瞬やんだと思った。

その無音の空間に緊迫感が走ったその時だった。
目の前に白いものが見えた。どこからだか、ヌッと黒い目が光った。

「ひっ、ぎゃぁーっ。」

化け物が出たと思ってもどうしていいのか分からずに叫びわめいた。
「た、助けて! 誰か助けて!」
誰にも聞こえない。
叫んでいるつもりだが、声にもなっていない。
白い物体は容赦なく近付いてくる。
「ああ。」
まどかは痛みを覚悟した。
目を閉じて、敵につつかれる貝ぐらいに身を固まらせていた。
けれど何も起きない。恐る恐る目を開くとまた白いものが目に飛び込んできた。

「いやぁー!」
叫び散らすまどかの手首を白いものが掴んだ。

「まって。」
白いものが喋った。

「離して。離して!」
「まって。驚くのも無理ないわ。私は未来から来たの。
  信じられないかもしれない。
  だけど、私はあなたの生まれ変わりのようなものには違いないの。」

もはや今のまどかには何も通じなかった。
「いやぁ、いやぁ!」
しばらく暴れて、ちらっと見えた顔を見てまどかは「えっ。」と思った。
(私の顔…?)


[本文]

「どういうこと?」
まどかは止まった。

「私は未来から来たのよ。」
白いものはニコッとした。

(人間だ。)

幽霊のように体の回りが白く光って見えた気がしたのだが、
よく見ると人間だったのだ。
「未来からって…そんな。」

まどかは相手の言葉を待った。
彼女はただじっとして、まどかを見ていた。
たまりかねてまどかは口を開いた。

「その時代にはタイムマシーンが出来ているってこと…?」
まどかはそう尋ねてみた。

「私達の時代の人類は、誰でも自由に時間を行き来することが出来るわ。」
彼女は平然として答えた。

「そうなの! えっと…どうして? どういうことかしら。」
冗談だと思いつつも、口が勝手にそう聞きたがるのだった。

まどかは、タイムマシーン開発に後ろ向きな考えの人間であった。
タイムマシーンの必要性も理解できなかったし、
それ以上にタイムマシーンがこの世に出来ることは不可能であると思っていたからだ。

今まで、不可能だと思っていたものが次々と発明され、解明されてきた。
空を飛ぶことも、電波を飛ばすことも、今では日常的な事になった。
それでも、タイムマシーンだけは無理だと確信していた。

タイムマシーンの原理は聞いたことがあった。
まどかが知っているのは、
時間の軌道は真っ直ぐではなく螺旋状になっていて、
進む方向を変えることで、未来や過去に行くことが出来るという仮定だ。

イメージするならば、人の通る道は一本道であって、
それは螺旋状にくねくねと通っている。
道の周りは高い壁で覆われていて、その外側は見えないようになっている。

多くの人間達はまっすぐ、見える道を流れるように歩いていく。
それが一番自然だからだ。
だが、それは井の中の蛙に過ぎないのだ。
その高い壁を登れば、そこから近道をすることが出来るのだ。

言ってみればこの時間の道は、
アミューズメントパークにある迷路と同じなのだから、
その壁をよじ登って超えれば、すぐにゴールまで行けてしまうのだ。

私たちはその迷路の中では、同じ空間に居る人達しか見えない。
壁の向こうには人がいるのかさえ分からない。
いや、分かってはいけないのだろう。
だから、人間は見えないものを信じないのかもしれない。

未来が見えないのは当然だが、
通ってきたはずの過去さえも、
曲がり角を曲がれば、振り返っても見えなくなる。
だから記憶を辿るしかないのだ。

時間はそんな狭い道の中で流れている。
タイムマシーンが出来るとしたら、
時間はこんな感じで存在していることだろう。

だがそう、まどかは時間をそんな風に考えてはいかなった。
だから彼女が未来から来たというのも信じがたかったし、
聞けるものなら、未来から来た原理を知りたかった。

「それは説明しづらいかもしれない。いつかきちんと教えてあげるわ。」
上品に微笑む愛想笑いはまどかにそっくりだった。
それはいささか不気味な光景であったが、
不思議な魔力にとり憑かれたかのように、その場に吸い込まれた。

未来から来たなど、あるはずがないのに、
彼女のまどかに似た姿かたちは、説明のしようもない不思議だった。

(こんなことってあるんだ…。)

「何故ここへ?」
まどかが問いかけると、言葉に詰まっていた。
(未来の掟っていうものがあるのかもね…。)
「いいわ、理由は言えないのね。じゃああなたの名前を教えて。」
「『アコ』と呼んでください。
  この時代の人にとって私達のフルネームは不自然ですから。」

「え?」
まどかにはアコの言うことが全く分からなかった。
けれど、とても気に入っていた。

「アコさんはこれからどうなさるの? もう帰られるの?」
「え? いえ、もう少しすることが…。」
きょとんとしているアコに、まどかは言った。

「泊まる所はあるの? 身分証明もこの時代では通じないでしょう。」
「ええ。ですから野宿になります。
  でも平気ですから心配はいりません。ありがとうございます。」

丁寧で、そしてよそよそしかった。
彼女が未来から来たかどうか、
ここで別れては分からなくなるという気持ちもあったが、
とにかく彼女に関心があって、離れたくなかった。

「よかったら、ウチへどうぞ。
  私は教師をしておりますが、ずっと西のほうから来たもので、
  一人暮らしなのですよ。結構毎晩寂しいものですよ。彼もいませんので。」
と舌をちょっと出して笑ってみせた。

「あなたが来てくださったら楽しそうだから。どうですか?」
アコは目を丸くしていたが、まどかのニッコリした顔を見て、
「本当にいいのですか?」
と言った。
「ええ、どうぞ。むしろ嬉しいくらいだわ。」


[本文]
車で十分の所にまどかのアパートはあった。

「ここの三階よ。」
  まどかが部屋の鍵を開けて、『どうぞ。』とアコを招いた。

「わ…こんなにキレイだったんだぁ。」
  アコがぼそっと呟くのが聞こえた。

(ど、どういう意味なのかしら…?)

まどかはそう思ったが聞き流した。
まどかの部屋は十畳半のリビングルームと、
キッチンが繋がった南向きの日当たりの良い部屋だったが、
カーテンが一日中閉められているせいであまり明るい感じではなかった。

玄関を入るとすぐ右側がキッチンになっていて、
窓がないので天上には少し油で黒くなった換気扇があった。

左側はバスルームとトイレになっていた。
キッチンにはたまねぎと人参の買い置きが置いてあったが、
食器は乾燥機の中に綺麗に並べられていた。

その奥がリビングルームになっていた。
床は片付けられていて何もなく、東側にタンス、西側にベッド、
それと真ん中に小さな白いテーブルが置かれているだけだった。
テーブルの上には仕事で使うパソコンがあったが、
音を楽しむものも、テレビもない部屋だった。

ただ一枚、中学時代からお気に入りの、
べドルジー・スメタナの交響詩《わが祖国》のCDだけは聴きたいと思って持ってきていたのだが、
パソコンでの音楽の聴き方がまだわからず、
オーディオ関係を持ってくるのも忘れて聴けないでいた。

窓の向こうのベランダには、
使われたことのなさそうな男物のパンツが一枚吊るされていた。
護身用だろう。

彼女の部屋を見れば、
普段から部屋に誰かを上げることのない人なのだろうということがすぐに分かる。
そんな部屋だ。

まどかはここに来てから、
ずっと仕事だけに追われていて、
それ以外の事を楽しむ余裕がなかった。

彼女は仕事を愛していたし、毎晩、寂しいとは思っていたが、
それでも毎日はそれなりに充実していると思っていた。

この部屋に人を呼んだのは初めてだが、
いつ誰を呼んでも恥ずかしくないと、常から思ってもいたのだ。

「お茶でも飲む?」
「え、いいんですか?」
まどかはキッチンへ行き、お湯を沸かした。
戸棚に置かれた箱の中に、湯のみが二つあるのだけれど、
コーヒーカップを取り出して、お歳暮で貰った箱からハブ茶を出して注いだ。

飲んでみたかったのだけれど、
機会がなくてまだ使ったことの無かったハブ茶を、
この機会に、と思って入れてみたのだった。

「どうぞ。」
「わぁ、ありがとうございます。」
二人はカップに入ったハブ茶をすすった。

「…なんだかコーヒーカップで飲むお茶って…変な味ね。」
まどかはまずそうな顔をして見せた。
「はい…。」
アコも同じような顔をした。

「あっ、すいません。せっかく作ってくれたものに…。」
アコが申し訳なさそうに、恥ずかしいという顔をした。

「いいわ、全然気にしないで。これはハブ茶だもの。慣れない味だからよ。私もこのお茶を開けたのは今日が初めてで、ちょっと口に合わなかったけれど、本当はきっとおいしいと思うのよ。美容にもいいと聞いたわ。ハブ茶って、ハーブ茶なのかしらね? コーヒーカップしかなくてごめんなさいね。」
「いいえ。これ、ハブ茶なんですね。初めて飲みました。」
アコは笑って見せた。

まどかはまるで鏡を見ているかのように思えた。
詰まらない会話を交わしているな、と思ったけれど、それで楽しかった。

まどかは彼女を完全に気に入り、そして完全に信用した。
「これ、この家の鍵よ。自由に使ってくれればいいわ。」
「本当に? 悪いわ。」

アコが鍵を受け取らまいとするのを、まどかは押し戻した。
「いいわ。ただし、出入りしていいのはあなただけよ。他の人を入れては駄目よ。」
「それはもちろんですけど。」
アコは鍵を見つめていた。

「私は仕事があるから、家にずっとはいないの。
あなたもすることがあるのだし、鍵がなくちゃ困るわ。どうぞ使って。」
「でも…。」

アコが困った顔をしているのを見て、まどかは寂しそうな表情になった。
アコは好意を受けた方がいいと思って鍵を受け取った。
「ありがとうございます。なにもかも気を使っていただいて…。」

アコの度々見せる笑顔がまどかにとってたまらなく快く感じた。
まどかは予備の布団や買い置きの歯ブラシを引っ張り出して、
お泊り会のような気持ちになった。

何故こんなに嬉しいのかといえば、
まどかはここに転勤してきてからまだ一人も友達が出来ていなっかたからだ。
学校は充実しているとはいえ、同じ教師も年上ばかりで、
話し相手もろくにいなくて味気ない毎日だったのだ。

彼女と友達になれたらさぞや楽しいだろうと、
これからの生活へ明るい未来を見出したのだ。
特に姿かたちの似た彼女といると、
まるで姉妹か双子かというような気持ちになれたのだった。

まどかには弟が一人いたが、姉妹はいなく、
ずっと小さい頃から妹が出来ることに憧れていた。
小学校の教師になったのも、そんな憧れからかもしれない。

まどかは誰かの世話をすることが好きで、
特に小さな子どもたちが大好きだった。
弟とも仲は良かったが、故郷から離れてきたので、
あまり会話をする機会もなくなっていた。

もともとあまり異性と話が合うことはなく、
同性との話の方が好きだった。
だから、妹というのは、本当に彼女にとって憧れだったのだ。

どれほどまどかがアコの存在を喜んだか、アコは知らなかっただろう。

「明日も私は朝早いから、ゆっくりしていてね。じゃあおやすみなさい。」
なんの迷いもなく、まどかは自分のベッドにアコを勧めた。
アコはなされるがままに床に就いた。
まどかは嬉しそうな顔をして、床に敷かれた布団に就いた。
アコはまどかの考えが分からなかったが、合わせるのが一番だと思った。

「はい。おやすみなさい。」



[本文]

  いつもとかわらぬ朝を迎え、いつもとかわらぬメイクをした。

  それでもまどかの表情はいつもの百倍輝いているように見えた。

  まどかはとても真面目な人間だった。
  中学、高校、大学と女子校で、毎日は学校に通い、宿題をし、塾へ通う、
  それが当たり前だった。

  そしてそれを苦痛と思うことも特になく、
  小さい頃からの夢であった教師を目指し、そしてその夢は叶った。
  彼女が履歴書の長所の欄に書くことは、「真面目なところ」でしかなかった。

  もちろん、「優しいところ」などという付け加えはしたが、
  特に彼女にしかない特技もなかった。
  彼女自身、自分には勉強以外に何もないことを、
  少しコンプレックスに思っている面はあったが、
  真面目であることは誇りだった。

  努力して勉強をがんばることが出来ること、
  何一つ悪いことをしてこなかったこと、
  親が自分の成長を喜んでくれること、
  まどかは自分の生き方を否定しなかった。

  事実、まどかは過去の成績を振り返っても、悪いことは一度もなかった。
  自分の学力に自信があった。
  毎日遊んでばかりで、努力をしないくせに悩み、泣き、人に頼る、
  そんな人物が嫌いで、自分の生徒たちにも、
  毎日の努力の大切さを強く言い聞かせていた。

  テレビにもあまり興味がなく、
  最近人気の音楽が何なのかさえ、よく知らなかった。
  だが、まどかの容姿はそれなりに綺麗で、何度か男に告白されることもあった。

  もちろん、まどかは思い込みの激しい女だったので、
  ろくに話もせず好きだと言える男は軟派であるに決まっていると言って、
  よくそれを蹴ったものだった。
  彼女はそれくらいの真面目でガードの固い女だった。


  朝、学校の門を開けるのは大抵まどかだった。
  教頭先生よりも毎日早く来るので、まどかにも鍵をくれたのである。
  それから全員の教員が揃うのは二時間後だった。
  それでも時々、まどかの二十分後くらいに来る先生がいた。

   黒木進といった。

  その先生は背が高くて、
  スポーツが得意そうな感じのキリッとした、
  格好良い今時な若い男だった。

  結構子供達に人気があり、会議でもいい案を出す。
  まどかが困っていたときにも手を貸してくれた。
  目が合うとニッコリしてくれる。
  彼の言動は、なぜかまどかの心を惑わした。

  そう、まどかは少し、彼の存在が気になっていた。
  仕事に関しては熱心だが、恋に関しては冷めていたまどかにとって、
  それは大きなことだった。
  彼がこんなにも早く学校に来るのは何の為なのか…。

「あ、おはようございます。」
「あ、あぁおはようございますっ。」

  黒木が職員室へ来たのだった。
  まどかはもちろん、いつも通りの時間に黒木が来るのを分かっていたのだが、
  それでもやはり慌ててしまうのだった。

  本当は平然を装うことも可能だったはずだから、
  それは、自分の存在をアピールすることの出来ない彼女の、
  彼へ対する無意識のメッセージだったのかもしれない。

  意識し始めてから態度や行動の怪しい自分が恥ずかしかった。
  そんなまどかに気づいているのか、
  黒木の態度はいつも思わせぶりな感じがあった。

「いつも早いですね、朝日先生は。」
「ええ、朝は強いので。」
「僕も見習ってもっと早起きしようかな。そしたら…。」
  黒木と正面で目が合った。

(どきっ)

   プルルルル……
「あ、電話だ。すみません、ちょっと。」

  まどかにギリギリの期待をかけたところでいつもやめてしまう。
  彼はコピー機の部屋へ入って電話をしていた。
  一体どんな人とどんな話をしているのだろうと思った。

  いつも電話の相手と話すときの彼は楽しそうだった。
  ちょっとしたヤキモチを焼くようになった。
  メールもよく打っている。
  まどかの入れない世界で彼はどんなことをしているのだろうと、
  心が落ち着かなかった。

  自分の携帯を見ると、あまり使われていない感じが虚しかった。

  上の空のまま一日は過ぎようとしていた。
  今日もまどかは遅くまで残っていた。
  今日のことは今日中に、がモットーでもあるが、
  出来るだけ彼と長くいたいから残っているのだった。

  家に帰っても一人だし、学校の方がなんでも揃っていて仕事が捗る。
  彼女はわりと、雑音があっても平気で集中できる方だった。
  ただ、とろとろしてしまって、気づくといつも黒木は帰ってしまっていた。

  今日も職員室は一人になった。
  そこへアコが来た。

「あら、どうしたの?」
  まどかは笑いかけた。

「今日は私、張り切ってご馳走を作ったの。
  早く帰って一緒にたべましょうよ。冷めないうちに。」
  アコは満足そうな顔をした。

「ええ。ありがとう。今終わるわ。」
  まどかが帰る仕度をしていると、
  週番で校内の戸締りを終えた黒木が入って来た。

「朝日先生、まだおられたのですか。」
「あ、はい。でも今終わりましたので、すぐに出ます。」
  まどかはとろい動きをフルに回転させて仕度を済ました。

「あの、」
「え?」
「あの、今日、夕食はどうなさるおつもりですか。」

「え、えっと、あっと…。」
  まどかが頭で整理し切れていないまま、黒木は言葉を続けた。
「よかったらご一緒しませんか?」

(ええ? 黒木先生に誘われた?)

「え、ええ、も、もちろ…。」
  あ…と後ろを振り返るとふてくされたアコがいた。

(そうだった…。)

「黒木先生、ごめんなさい。今日は用事があるのでまた誘っていただけますか?」
「ああ、もちもん。そうですか、残念でした。」

  家に帰ると、美味しくはなさそうなおかず達が、
  鼓笛のパレードでも始まるかのように山盛りにならべられていた。
  とても普段から料理を嗜む人とは思えなかった。
  まどかはせっかくの黒木とのディナーを逃したことを腹立たしく思った。
  せめて、黒木も自分の家に呼べば良かったと思った。

「格好良い人ね。」
  アコがぼそっと言った。

「えっ…。」
  まどかは驚いた。顔が真っ赤になった。
「や、やっぱり、こ、好みとかも似ているのかしら!」
「…まあね…、でも、」
  まどかはアコの顔を見た。

「私は嫌いよ、ああいう男。」

   何かを強く憎むような目つきだった。

  今日、わざわざ学校に来たのは、黒木を見に来たか、
  もしくは黒木の誘いを断らせるだめだったか…というような雰囲気を漂わせていた。

「でも、実はとってもいい人なのよ。ふふ。」
  まどかは自分だけが知っている黒木の良さを大切にしたい気がした。
  黒木はいい人だ。
  あの美しい顔を鼻にかけた様子もなく、
  生徒達と接する姿は無邪気な子どものようだった。

  よく自分で遊びを考えてきては、
  クラスの生徒達と一緒に挑戦してみるのだった。
  そんな話を、黒木は楽しそうにまどかに教えてくれたのだ。

  年齢はそんなに離れていないのに、
  黒木は色々な事を知っていて、まどかにもとても良いアドバイスをしてくれた。
  まどかはそんな黒木の表情を見ると、とても愛しい気持ちになった。

  恋も愛も、よく分からないけれど、まどかの中で黒木の存在は大きかった。
  一度彼の事を考え出すと、ずっと頭から離れないような、そんな感覚だった。
  まどかの挙動不審な行動にも微笑みで返してくれる、優しい瞳をした黒木を、
  いい人でないと思うことなど、まどかには到底出来ることではなかった。


  なんとなくいい気分になってきて苛立ちも消え、夕食を片付けた頃、
  アコがノートパソコンらしきものを取り出して、
  それに向かって身だしなみを整えているのを見た。

「何? それは。」
  まどかは覗き込んだ。
「鏡よ。」
  アコは少し角度を変えて、まどかに隠すようにした。

「へぇ、未来の鏡は電子式なんだ。今ので十分って気がするけどね。
  最近は携帯のカメラで身だしなみを整える人も多くなっている、
  とは聞いたんだけれど。」
「……。」 
 
  アコの鏡はビデオのように影像を映し出すような仕組みに見えた。
「ねえ、未来ってどんな感じなの?」
  まどかは目を輝かせて聞いた。
「…憎しみに溢れています。醜い憎悪と希望のない明後日に。」

  アコの目は曇っていた。
  まどかはなんと答えたらいいのか分からなかった。
「希望って気の持ちようじゃないの?」
「未来は私達にとって、過去以上のものにはなれないわ。」
  アコは鏡を片付けながらまどかに言った。

「あなたには未来を変える可能性があるわ。
  私はただそれを見守ることしか出来ない。
  あなたに幸せになってもらいたいの。それが私の幸せにつながるから。」

  まどかはアコが何を言いたいかまだ分からなかった。

「…あなたが思っているほど…科学的で物理的な世界ではないかもしれないわ。」

「え?」

「今の人間には想像さえし得なかったような理屈では説明のつかない技術が発達したの。
  でもそれをこの時代の人に伝えてはいけない。
  それは別に歴史が変わるからじゃないわ。
  あなた達に信じられはしない。
  きっと、信じようとはしないわ…。
  この時代では実現しなかったワープも私達には可能だった。
  でも、私達にはあなた達にこれを説明出来ない。
  なぜなら、私達にとって、これはごくあたりまえの事だったの。
  これはひとつの普遍性をもった事実であるの。科学ではないから…。」


「科学的ではない…? 
  タイムマシーンはどういった性質をクリアすると、可能になるの?」

「わたし達は時間や物理的なものに左右されません。
  時間を越えるには、光より早く移動する必要があります。
  つまり、時間という空間に左右されているのは物質であって、
  物質を超えた存在であれば、
  時空を自由に移動することが可能であるということです。
  光以上の速さのときは未来に行くことが出来ますし、
  静止以下の遅さのときは過去に行くことが出来ます。
  私たち新人類にはそれが可能だということです。」

「それは凄い…。わたし達がそのような発明をするというの? 
  てっきりこれから劣化して絶滅を辿ると思っていただけに、
  これは衝撃的だったわ。
  でも科学的でないというのがどういう意味なのかよく分からないわ。」

「それを説明できないから、
  科学的ではないと言っているんです。
  私たちには、今の人間にとっての真理の中で分からないことがいくつもあります。」

著作者:かとうみまろ      ホームへ
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