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[あらすじ]
ある一人の男がバーに訪れる。その中の客とのディスカッションの中にシンパシィを感じすばらしい夜を過ごす。
しかし、男は単身海外へ・・・。7年越しに訪れたバーに残されていたもの・・・。
人をつなぐお酒にまつわる心包まれる短編。 |
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別れのカスクストレングス
町は廃墟と化している。通りには猫の子一匹いなかった。わずか数年でこの変わりようだ。切なさがこみ上げた。
私は三叉路を左に折れ、七年前の記憶を頼りにあの店を探す。目立たないたたずまいは午前三時を回っても人並みの絶えない町の中でまるで人が来ることを拒んでいるようなイメージさえ与える店だった。ネオンは入り口の片隅に置かれ、黒ずみ、点滅していた。しかし、店内は違った。色気こそなかったが何か辛辣な澱んだエネルギーに満ちていた。ブルースが流れ、こだわりのモルトが輝いていた。客もこだわった人間が多かった気がする。だから話は盛り上がり、各人が自分のこだわりを自慢するということもなく追求し、議論していた。そして人々はひとしきり話を交えた後、ブルースとモルトに浸り、自分だけの夜を作り上げて行くのだった。
そんな店だった。
七年前に訪れたときもそうだった。吉本さん。確かそう記憶している。彼もこだわりのある人だった。年の頃は四十代半ばといったところであろうか。いでたちこそ普通の中年であったがモルトには並々ならぬこだわりを持っていた。その語り口に私は引き込まれ、この上ない夜を貰ったことを記憶している。
彼はシングルモルトには主張が欠かせないと言っていた。持ち味を否定することはないが、蒸留所の思いを飲み手が味わうときにどんな手段を使ってくるかがシングルモルトの最大の醍醐味だと・・・。
「こうきたか・・・。」
これがモルトへの最大のほめ言葉だと彼は語っていた。
「なるほど。」
私は真摯に感激した。モルトを「うまい」「まずい」の評価で問うことは誤りであった気がする。そう思わされた夜だった。
その後、彼とはしばしば会いそのたびにいい夜を提供してもらった。奥深い語り口の中にも、一線を引く彼のスタンスは非常に飲んでいても心地のよいものだった。
それから三ヶ月。私の異動が決まった。単身海外へ・・・。
異動前の最後の夜に立ち寄ったときも彼はカウンターの隅に腰掛け、カスクストレングスを煽っていた。私も隣へと腰掛けた。最後の夜を口にするために・・・。
「今日はなんですか?」
「ラガヴーリンの蒸留所は高波の際膝丈まで潮に浸るってご存知でしたか?」
さらに彼は続けた。
「このラガヴーリンの潮臭さはそこからきてるんですね。おそらく。人との関係の中で『水くさい』といったりしますね。この店では『潮くさい』がいい。『水くさい』のはなしだね。」
そういってグラスを見つめていた。
私は今日で最後であることを彼に悟られていたような感覚にとらわれ、口をつぐんでしまった。
彼は最後にこうつないだ。
「心置きなくいければいいねぇ。」
彼はそのとき初めて笑みを浮かべたのだった・・・。
それから七年。私はその店を訪ねた。懐かしいような、恥ずかしいような気持ちを携えて。重い木製の扉を開いた。
「お久しぶりです。」
マスターは今まで音沙汰もなかった私を七年前と同じ笑顔で迎えてくれた。
スツールに腰掛けふとボトル棚を見ると。埃かぶった「ラガヴーリン」のカスクストレングスが置いてあった。
懐かしい想いと共に数秒そのボトルを眺めていただろうか。不意にマスターが口を開いた。
「このボトル。吉本さんからですよ。あなたにって。あの後すぐに吉本さん他界されてしまったんです。」
その後もマスターは何かを話していたようだが、フェードアウトしてしまった。一気に私は記憶の底に埋め尽くされた想いが湧き出した。
「彼の言葉は私にではなかったんだ・・・。」
呆然とした私の前にラガヴーリンがストレートでそっと置かれた。この薄い茶褐色の色合いの中に芳醇なフレーバーを携え、飲むものの心を魅了し続けていく蒸留所の心意気を彼の話とオーバーラップさせながら何度も心で反芻していた。
何か七年越しのモルトは涙でさらに潮くさいような気がした。そんな夜だった。
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