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[あらすじ]
トイレに駆け込んだ俺。
そして始まるミニクイズ。
え、いや、なんでだよ。 |
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トイレット・ミー・ノット
木製の扉が、我が右手によって閉ざされる。
というと聞こえはいいが、ただトイレの個室に飛び込んで戸を閉めただけだ。もちろん鍵も閉めたが。
逸る気持ちを抑えながら、ベルトを緩めてファスナーをオープン。重力に引かれるがままに落下したズボンに続いてストライプ模様のトランクスを下げ、俺はついに楕円の便座へ着座する。
気付けば手に鞄を持っていない、と思えば、狭い個室の隅に置いてあった。無意識のうちに置いたんだろう。
しかし今更どうという問題でもないので、俺は今すべきことに専念。深く呼気を吐き出し、吸い込んで、下腹部の丹田に懇親の力を込めた。
「はーい、突然ですが始まりましたミニクイズ、〈隣の便座からコンニチワ〉、今日の挑戦者、お名前をどーぞ!!」
今まさに括約筋が開放され、腹に溜まったわだかまりが開放されようとした直前──左隣の壁の上下の隙間から、突然のハイテンションボイス。
その無駄に高いテンションも意味不明なら、言動すらも意味不明。
まず対応に困るわけだが、しかしこのテンションは異常だ。無視するのが定石に思えるが、あまりにも当然が如くのノリは、対応せざるを得ないとすら思わせる。
かくして、迷いつつも俺は返答してしまうわけだが。
「と、豊島一久!」
なぜか大声で叫ぶ。
小便器のほう、誰もいなかったよな? などと、今更心配したところでもう遅い。一度踏み越えてしまった一線の先にあるものは、開き直りと自棄だけだ。
「はい、それでは豊島さん、早速クイズのほうに挑戦していただきましょう!」
若者とも中年とも判断しづらい声が、狭い公共トイレに響き渡る。
外に漏れてないか、これ?
「なお、正解すると漏れなく商品がございますが、不正解の場合は罰ゲームが待っておりますので、気を抜かずお付き合いください」
なんと、商品が出るのか。こんなところで。っていうかトイレで。駅のトイレで。
テレビとかでよく見るドッキリの香りがした気がするが、気のせいだろうか──と思いつつ鼻を利かすと、アンモニアとメタンガスの悪臭で胃液が逆流してきそうになった。思考中止。
給料日直後とはいえ、一食一二〇〇円の昼飯をリアルでフラッシュバックさせるのは身体にも精神にも財布にもよろしくない。
「さて、それでは参ります!」
「は、はい!」
威勢よいお隣さんに、俺も出来る限りの声で応じる。
「最初のお題は、〈町で見かける醜いヤツ〉ベスト3からの問題です」
お題かよ。クイズどこいった?
「町で見かける醜いヤツの第一位と言えば、〈後傾姿勢で走る小太り男。しかも速度は最徐行運転中の原付バイク並み〉がダントツなのはご存知の通りですが──」
初耳だぞ、それ。
というか、絶対に今考えただろ。
果たしてこれがクイズと呼べるのか、それ以前に問答として成立するかどうかを本気で悩み始めた俺を嘲笑うかのように、隣りのミスター・ハイテンションは問いを続ける。
「つい先日、長年二位をキープし続けてきた〈改札で引っかかったことをいつまでも認めず、スイカをバンバンと改札に叩きつけ続ける女〉が、三位だった醜いヤツに抜かれました。さて、晴れて二位に上り詰めた醜いヤツとは、どんなヤツでしょうか!?」
知るかよ。
と一蹴したら商品どころか、不正解とみなされて罰ゲームを執行されかねないので、喉元まで込み上げてきた声を必至に飲み込む。
いや、まぁ……正直に言えば、商品とやらに興味はあるさ! 例えここがトイレでもな! 駅の公共トイレでもな!!
さて、そういうわけで考えなければならないわけだが。
お隣さんは最初にクイズだと豪語していたが、ポロッと“お題”とか洩らしやがったので、面白いことを言えば正解という大喜利形式の可能性も高い。というか、正解の検討のつけようがない時点で、大喜利だろう。
となると、お隣さんのツボによって正解が悉く変動してくるわけだが、俺にはそんな臨機応変な策は練られない。
ならば必然的に、誰が聞いても面白いと思える回答を迫られるわけだが……ここにも微妙な問題がある。
答えるべきは一位でなく、二位なのだ。
三位の〈改札で引っかかったことをいつまでも認めず、スイカをバンバンと改札に叩きつけ続ける女〉よりは面白く、一位の〈後傾姿勢で走る小太り男。しかも速度は最徐行運転中の原付バイク並み〉ほど醜くてもいけない、なんとも絶妙なヤツを考えなければ……!
「さぁ、間もなく一分が経過します。なお、制限時間は五分となっておりますので、ご注意ください」
な、何だって……今更になって制限時間制度の追加かよ!
五分のリミットにて、現在は一分が経過したところ。単純計算で残り四分以内に解答を導き出さなければいけないわけだが、これがまた焦る。笑点にご出演なされている皆様方は、よくもまぁホイホイと挙手して解答できるものだ。
さて、そんなことは後で考えるとして、今は解答だ。
一位の〈後傾姿勢で走る小太り男。しかも速度は最徐行運転中の原付バイク並み〉というのは、確かにかなり醜い。しかも、町でよく見かける。ふたつのお題を見事にクリアしただけに、一位をダントツに得るのも納得のヤツだ。
そして三位の〈改札で引っかかったことをいつまでも認めず、スイカをバンバンと改札に叩きつけ続ける女〉というのもよく見かける光景だが、これはもはや醜いというよりウザいヤツだ。まぁやっていることは醜いのだが、これよりもよく見かけ、なおかつ醜いのは、はてどんなヤツだ?
この前、駅で見かけた〈ゴミ箱がどこにあるか駅員に尋ねるヤツ。ただし懇切丁寧に場所を教えてもらったのに、その場に来た電車に乗って行く〉が二位か? いや、そんなやつはなかなか見かけない。ゴミ箱の場所を聞いた直後というナイスタイミングで電車が来る確立は、意外と低いようだし。
ならば〈大便器の個室が空いているのに、洋式便座の個室が開くまで列の先頭で待ち続ける親父〉か? いや、これはウザいだけだ。
くそっ。駄目だ。何かが邪魔をして、俺の集中を妨げている。
──と思うや否や、思考が自分がここにいる理由に回帰。突然、猛烈な便意に催され、俺は躊躇うことなく括約筋を開放した。
同時に俺の尻と便器の狭間の空間で、わだかまりが炸裂する。
「よし」
全てのわだかまりが消えた今、俺の思考はクリア。臭気を無視して深呼吸で気を落ち着かせ、ゆっくり堂々と解答する。
「第二位は、〈スクランブル交差点でどの信号を見ればいいのか判らず、とりあえず他人の動きに合わせて交差点を渡るヤツ〉だ!」
「はい、残念ー」
即答かい!
そこは例え間違いでも焦らせ!
「というわけで罰ゲーム。そこにあるトイレットペーパーをひとつ、私の個室へと投げてください」
ややテンションが下がっている気がするが、それって罰ゲームか?
というか、もしやこのクイズのくだりは、ただ用を足した後の処理ができる紙がなくて困っていたから、隣の俺にトイレットペーパーを要求したかっただけじゃないのか?
半ば呆れつつ、俺は右側面の壁に手を伸ばす。そこにあるトイレットペーパーを掴み……
掴、み……?
「ねぇ」
「はい?」
「こっちにも、ねぇ」
「…………」
「…………」
侘びしい沈黙。
隣にトイレットペーパーがなくて、ここにもトイレットペーパーがない。そんな現状。
一応、まわりを見渡してみるが……やはりどこにも、トイレットペーパーらしきロール紙はこの個室に存在していない。
ば、馬鹿な……!
この俺としたことが、確認を怠っていた……!!
がっくりと肩を落とす俺。おそらく、隣のミスター・ハイテンションも同じだっただろう。
が、そこへ反対側の隣個室から響く扉の閉まる音と、施錠の気配。
俺は、羞恥心を忘れて咄嗟に叫んでいた。
「はーい、突然ですが始まりましたミニクイズ、〈隣の便座からコンニチワ〉、今日の挑戦者、お名前をどーぞ!!」
FINISH IN THE W.C.
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