RC・エリア
長編  全3話 文字数約50000字
著作者:LB   著作者の作品一覧へ   ホームへ


[あらすじ]
RC・エリア
コンクリートの立ち並ぶそこは、タダの廃墟になった。
信じられるのは・・・
痛み。そうだね。
あたしはそこへと行けばいい。
RC・エリア
sample辞書:

デリート!

弾け飛ぶ快感

垂れ流す御前

渋くなった情報源!!!

どうせそんなもんだろ?

スパーク中!俺の頭ん中

デリートしていく貴金属!

ビーナス私娼!

ペニシリン絶頂期

エリテマトーデス発射前進

俺の頭ん中伝染性単核症

デリート!

弾け飛ぶ神経

弾丸スラッシュ水死体!

ラジウム三世食肉梅毒!

なら俺の頭ん中リフレックス

どうせそんなもんだろ?

サイアザイドアルカリ性

HAPPY  HAPPY  BIRTHDAY  !!!!!!!!!!

どうせなんだろ?

デリートデリートデリート!!!!!

次まで行こうぜ。


【METHAMPHETAMINE】

猛暑の夏が部屋の中まで進出している。
外に吊るしてあった風鈴が揺れた。
窓が開けられた部屋の中で威男は型の古くなったウインドウズをフル回転させる。
膨大な情報が入っている。
其れに耐えかねて熱を帯びたパソコンが空気を排出した。
地震の事に関しては威男は誰にも負けないと云う位の知識を持っていると確信していた。
余震でさえ見逃しはしなかった。
何年前の事だったか。
関西で起こった大地震を威男はニュースで見た。
崩れた建物――火の海と化した都市――死んだ人々。
近々関東にもやって来るのではないかと云う事を聞いてから威男は地震に関するありとあらゆる情報を集めだしたのだった。
あいつ等は間抜けだったのだ。
暑さの中で朦朧とする意識を掃って威男は画面を見つづけた。
何もしなかったのだ。
風鈴が揺れている。
だが、俺は違う。
威男はそう思った。
俺は、死なない。
地震に関する別の情報が入ってきた。
何故なら。俺は頭がいい。こうして情報も集めているではないか。
去年の夏に別れた加代子の写真が一瞬眼に入った。
威男は未だ加代子の事が好きだった。
其れなのに――――――――――――他の男と寝た身体で加代子は冷たく別れましょうと言い放った。
死ねばいい。
風鈴が少し鳴ってからベランダの下に落ちた。
割れる音が聴こえた。
死んでしまえば良いんだ。そうしたら解かるだろう。俺がどんなに利口な男だったのか。
別れてしまった事を後悔すればいいと威男は思った。
静かにアパートが揺れた。
威男は少し笑って情報を集めだした。
揺れの収まった部屋で威男は熱いと感じた。
さっき出て行った名も知らぬ女の顔が浮かんだ。
あの女もきっと死んでしまったことだろう。
威男はそう思った。
あの女も俺の云うことを聞いていたならば生きていられたものを。
馬鹿にしやがってと叫んで威男は別の情報を引き出そうとした。
突然電源が落ちた。
急いで回復しようとしたが如何する事も出来なかった。
如何した?一体どうなっている?
頭の中で整理の着かない状況を威男は必死で見極めようとした。
一体――――――――――――――――――――――――――――――――――
何か焦げる匂いがした。
窓の外を見た威男は驚愕した。
其処では火だるまに成りながら走っていく人――壊れたビル――死体の山――――――――――
威男は総てを理解した。
彼がさっきまで見ていた情報は過去のものであった事。
電気の供給などとっくに無くなっていた事。
知らない女が出て行くときに自分を馬鹿だと言った事。
嘘だ。
威男は外に出た。
そんな筈は無い。俺は賢い男だ。地震の事等知っている男なんだ。
火だるまに成って走っていた女の死体が足元に転がっていた。
嘘だ。
威男は走り出した。
今となっては地震に関する情報はもはや何の役にも立たなかった。
脚が縺れて威男は倒れた。
傍にいる男が助けを求めた。
其れを振り払って走りつづけた。
せめて、今全体の情報を知っておかねば。
威男は走りつづけた。
高いビルを探した。
罅が入ってはいたが、其れに相応しいと思えるマンションが眼の前に姿をあらわした。
其のマンションの入り口で威男は一組の男女とぶつかった。
加代子だった。
見て見ぬふりをした加代子を威男は突き飛ばした。
「何すんのよっ!あんたなんかにかまってるヒマなんか無いのよっ!」
いきり立って加代子は突っかかって来た。
「加代子、今なら未だ間に合う。今、このマンションに登って状況を見極めるところなんだ。」
起き上がりながら加代子は持っていたハンドバックで威男を殴りつけた。
「あんたなんて死ねばいいのよっ!」
殴られた所を抑えながら威男は加代子を見た。
「馬鹿な女だ。御前は後悔するだろう。俺と別れた事を。死ぬ時になって後悔するっ!」
加代子のあんたが馬鹿なんだよと云う声を聴きながら威男はマンションの中に入った。
誰も居ない階段を一気に駆け上がった。
今に見ていろ。世界中が俺にひれ伏して命乞いをする時が来るんだ。
頭が熱かった。
階段の途中で威男は自分が昔陸上部だった事を思い出した。
俺は強い。
威男は更に勢いを附けた。
屋上の扉が見えた。
罅の入っている扉を開けた。
熱風と遠くのほうで何かが爆発する音が聞こえた。
ほら見ろ。
威男は思った。
俺の云う通りにしなかったからだ。
潰れかかった空き缶が風で転がっていった。
いいか、屑ども。俺が今からこの世界の王だ。
両手を広げたまま威男はゆっくりとフェンスに近づいた。
この地震と火災と地獄絵図は俺が王になる為の儀式なんだ。
マンションの下から凄い量の熱風が吹き上げる。
そう遠くない空き地に人々が集まっているのが見えた。
みんな揃っているな。
威男は其の中に加代子を見つけた。
そうかそうか、加代子。解かったぞ。
威男は加代子に向かって手を振った。
フェンスに近づきながら威男は叫んだ。
今から、新しい世界が誕生するのです。そして、其の王に君臨すべく人民の中から選ばれたのは―――――
威男はもっとみんなに自分の姿を見せてやろうと思った。
この勇ましい姿を。まさしく王に相応しい男の姿を。
フェンスに上りながら威男はみんなに手を振った。
みなさん―――――――――――――――――――――――
老朽化し脆くなったフェンスが地震で威男ごと落ちていった。
下で威男は潰されたヒキガエルになった。
通りかかった男が「新しい世界の王」を踏みつけて走り去った。
摂氏四十度の世界が周りでは続いていた。



【ragorback】

摂氏二十七度の中を湿った風が吹いている。
下らない学校行事の為に何時もより早く活動した身体が悲鳴を上げた。
湿気の溜まり場と化したバスの中で横に座っている本田が溜息を吐いた。
「下らないね。」
後ろの席の田嶋が隣の男子と喋る声が聴こえた。
社会見学の一環として執り行われた企画がバスの中で少し話題になっている。
後部座席で騒ぐ男子生徒が愉しそうに云う。
「御前、知ってるか?鉄鉱石って。」
下らない会話と何かを食べる音がバスの空気を作る。
隣に座っている本田が眠そうに云う。
「下らないよ。」
振動が少し酷くなって工場内に入る。
見慣れない汚らしい廃屋や鉄鉱石、石灰石の山。
声を上げる男子。
あたしの直後ろに座っている田嶋が笑った。
「騒ぎすぎなんだよ。」
異様な匂いのする窓の外が少し暗くなる。
大きい工場のビルの陰に入ったせいだった。
其の影で厳重に専用スーツに身を包んだ男同士が何か喋っている。
「なぁ、知ってるか?」
「嗚呼、さっきのニュースだろ?」
「本当なのかな。」
男達の姿が消えた窓の外に再び石灰石の山が見える。
「ねぇ、未だ着かないのかな。」
少し退屈そうに本田は云った。
さっきまで五月蝿かった男子達が携帯を覗き込んでいる。
窓の外には鉄鉱石の山。
何気なく見えた海が濃い緑色をしていた。
間も無く到着します、と云うガイドの声と同時に警報がなった。
「地震観測所からの発表です。余震の続いている関東地方に地震警報および、津波注意報が出されました。」
再び騒ぎ出す男子たち。
後ろに居た田嶋が騒ぎすぎなんだよと笑った。
静かにして下さいと云うガイドの声を無視しながら窓の外を見る。
黒く固まった大きな雲が水面下まで降りてきていた。
ガイドは喋りつづけている。
「皆さん、バスを降りたら冷静に行動してください。」
「地震起こるんですか?」
前の方で大人しくしていた女子が声を出した。
「今のところ大丈夫です。」
大きな工場の影から出たところでエンジン音が消えた。
静かになった車内でガイドだけが黙々と説明をしている。
静かに周りを見る。
携帯を覗き込んで地震情報を確認する者、未だ寝ている者、窓の外を見ている者・・・
どす黒くなった雲の広がりを見て少し溜息をついた。
田嶋も溜息をついた。
あたしの腕に本田が手を掛ける。
「地震来るのかな。」
どす黒い雲。
説明を終えたガイドがでは行きましょうといってバスの扉に近づいた。
「御前ら、心配しすぎなんだよ。大丈夫だって。」
大人の顔をかぶった担任だけが席を立った。
「こう云う時こそな、冷静に成んなくちゃいけないんだよ。」
一人で降りていく担任を見て前に座っていた者から席を立ち始めた。

整列させられている間でも、誰一人としてガイドの説明に耳を傾けているのは居なかった。
「大体、こんな所であたしたちに何しろってのよ。」
委員長気取りの女が文句を吐く。
聴こえないふりをしている担任が咳払いをした。
「何考えて生きてんだか。ああは成りたくないね。」
あたしが喋ったのを聞いて田嶋が笑った。
「御前、人生投げてんじゃん。」
其れでも善いと思った。
さっきまで後ろに溜まっていた男子の一人が声を上げた。
「待てよ、此処って地震が起きたら津波とか危ねぇじゃん。」
「むしろ死ぬし。」
「でも、地震なんてこねぇんだろ?」
「俺、帰るわ。」
静かにしろと云う担任の声と同時に男子たちが再び声を上げた。
「地震警報出てんじゃんっ!死にたいなら一人で死ねよ。」
委員長気取りの女が馬鹿じゃないのといってガムを吐き棄てた。
どす黒い雲が気になって何回も空を見た。
少し近づいてきているのが解かった。
地震国の日本を笑うかのように海も濃くなって行く。
担任が笑った。
「御前らも、まだまだガキなんだな。この位で恐がっている様じゃなぁ。」
再びのサイレンの音に敏感に全員反応した。
根底から覆された担任の「大丈夫」発言を前にガイドが速やかに避難を命じた。
「皆さん、バスに乗ってください。此れから・・・」
突然地面が少し揺れた。
大人しい女子が早く逃げましょうと云った。
工場の影にいた完全防備の男達が走って出て来た。
「早くしないと、此処は危険だからな。」
担任の眼が大きく見開かれる。
後ろのほうに居た男子たちが一斉に走り出した。
其れがきっかけとなってみんなが一斉に散っていった。
「・・御・御前らっ!・・・」
そう云いかけて担任も走り出した。
手の届くところに居る本田が服の端を握っている。
一瞬振り返ってからほぼ全速力で逃げた。
あたしの前を走っていた田嶋が少し笑っていた。
「なかなか面白い社会科見学だな。」

呼吸を整えながら登りきった丘から下を見た。
本田が隣で呼吸を荒くしている。
少し離れて田嶋が云った。
「随分と人数減ったよな。」
さっきよりも断然強い揺れが地面に加わった。
立っていた担任が声を上げる。
「何なんだ、どうなっている、日本国はっ。」
委員長気取りの女が笑った。
「見なよ、あいつ等あんなとこに居んの!」
指の向けられている方向にはおとなしめのグループの女子たちが焦って坂を上っていた。
馬鹿だよと云って委員長気取りの女が笑っている。
其の女から眼を離した瞬間に海面が遠くから膨張するのが見えた。
段々と近づいてくるのが解かる。
「津波だ。」
呟いた一言が廻りを混乱させた。
そうしている間に大量の海水が明らかにテトラポットを打ち破り、防波堤に乗り上げてきた。
段々と浸食されていく大地とプラモデルの工場と、マスコットの女の子達は海面下に消えた。
あたしの眼にさっきまで映っていた物がなくなって行った。
其れと同時に少量の海水の粒が顔に当たった。
隣に居た本田が眼を瞑っている。
見ている事が出来なかったんだろう。
あたしの眼が漸く其の光景を離した。
海水が少し引いて地面が現れる。
綺麗になった地面が見えた。
何も無くなっていた。
「って云うか、やばくない?」
委員長気取りの女だけが喋っていた。
「騒ぎすぎなんだよ、御前は。」
立ち上がりながら田嶋が其の女に云っている。
「御前、黙れよな。」
腰を抜かして立てなくなっていた担任がやっと起き上がって喋りだした。
「いいか?みんなもクラスメイトが眼の前で死んでつらいと思うが、此処は一つ・・・」
担任を見た。
「あんた、黙ってくんない?」
呆気に取られた担任があたしを見ている。
だから如何なのよ。
本田が更に高いところに向かって歩いていく。
自然とみんなの脚が一定方向に向く。
こうなったら、集団トウコウが基本だと思った。
スカートが少し揺れる。
急いで取った携帯から聴こえる声。
「麻依っ!大丈夫なのか?御前、今何処に居る?」
「平気だよ。今ね、此処、何処なんだろう。海側に居る。」
「・・・」
「・・・」
途切れる音と共に真治の声が聴こえなくなった。
田嶋がにやけていった。
「御前、何時だって幸せだな。」
田嶋から眼を離して再び海の方を見た。
段々と遠ざかっていく海と立派な工業地帯が見える。
半数以上壊れている其れ等を見ながら脚を前へ出した。
石ばかりの路を登る。
疲労と困憊で頭が一杯になる。
真治は何処に居るんだろう。
指にはまったままの御揃いの指輪が鈍く光った。
再び電話を繋ぐべく携帯のボタンを押す。
「・・・只今回線が大変混雑しています。御手数ですが後ほど御掛け直し下さい。」
繰り返されるメッセージが苛立ちを破裂させた。
再び地面が一段と激しく揺れた。
其れと同時に足元に亀裂が入った。
段々と広がっていく亀裂が海面を覗かせた。
必死で高いところに掴まる。
あたしから三メートル離れたところで男子生徒が弐人亀裂の中へ消えた。
本田が声を上げる。
落ちそうになった担任が何とか這い出した。
「ちょっとっ!あんた、何すんのよっ!」
委員長気取りの女が叫んだ。
脚に掴まっている少し重そうな女子が助けてと声を出した。
委員長気取りは前後左右に脚を振った。
「離してっ!離せっていってんじゃんっ!殺す気?」
一層激しくなった揺れに耐えかねて女子が割れ目の中へ落ちていった。
そして津波で膨張している海面下に静かに消えた。
本田が傍で震えている。
あたしの身体も震えているのに気付いた。
「・・・お、落ち着け・・・」
もはや何の頼りにも成らない担任だけが喋っている。
「・・・いいか?・・だ、大丈夫だ。此処は高いからな。大丈夫だ。」
誰も答えなかった。
委員長気取りがスカートを掃った。
「やばかった。マジ危ないよ。」
あんたも死んじゃえば良かったのにね。



【caricature】

小雨の中で半渇きの洗濯物が揺れている。
早苗はサンダルを履いて急いで其れを取り込んでいた。
狭いアパートの奥の部屋で寝て野球観戦をしている大が眼に入った。
「手伝おうとか云う気持ちは無いの?」
大に言葉をぶつけて早苗は家の中に漸く入ってきた。
傍を大型トラックが通る。
微妙に振動した部屋の中で大は相変わらずテレビに見入っている。
「彼方ね、『結婚したら俺は御前に楽させてやりたい。』なんて嘘っぱちじゃないの。」
背中を向けている大が漸く早苗に答えた。
「五月蝿えな。俺は今人生に於いて重要な事をしてるんだ。」
あんた相当の馬鹿だねと云いながら早苗は洗濯物を家の中に干しだした。
「おい、早苗、見えねぇだろ。どけ。今、逆転するかどうかの大事なとこなんだよ。」
早苗の脚がテレビと自分を遮っている事に腹を立てながら大は云った。
「ほんと、何であんたみたいな奴の所へ嫁になんて来たんだろうね。」
もっともらしい理論を並べて早苗は喋りつづけた。
更に奥の部屋に居た祐樹が大の神経を苛立たせる。
「祐樹、静かにしろ。おい、邪魔だって云ってんだろ?」
少しの振動が再び加わる。
映りが乱れるテレビに大は苛立ちをぶつけた。
「何でこんなに映りが悪いんだよ。」
足でテレビの横を蹴る。
早苗が夕飯の支度に取り掛かる。
突然の大きな振動がアパートに伝わった。
ぷっつりと途切れたチャンネルと電気の無くなった部屋。
泣き出しそうな祐樹を少し見て大は新聞を放り投げた。
「畜生!どんなトラックが通りやがったんだ。」



【haslet】

大分視界から無くなった海が未だ荒れている。
街に近づきながら周りを見た。
今までに周りに居るのは八人。
役立たずの担任・田嶋・委員長気取り・本田・あたし・植野・暮間・狩野
横を向いている狩野が笑った。
「次に死ぬの俺達かもな。」
「な、何を云ってるんだ!御前、正気か?」
担任が声を張る。
どす黒い雲が再び広がり始めた。
再びの地震。
繰り返される余震と時たま来る強い揺れに動揺しながら歩く。
ガラスの飛び散った商店街が見えた。
「あそこなら、誰かしら居るでしょう。いこーよ。」
委員長気取りが先頭にたった。
ホンと、あんたが死んじゃえば良かったのにね。
冷たくなった唇が動きそうになる。
誰も居ない商店街の中で微かに動くものが見えた。
赤くぼうっと光る其れを見ていた暮間が声を上げる。
「ひ、人だよ。人が居る。」
血塗れに成った人間だった。
あたしたちの眼の前で何か云っているが口の中がめちゃめちゃで聞き取れなかった。
「こいつ、もう少ししたら死ぬよ。助けてたら俺たちの命が危ない。」
そう云って植野が間を埋めた。
田嶋が植野を睨んだ。
「だったら、御前がもしこいつと同じになったら助けなくって良いんだな。」
一瞬植野の眼が大きくなる。
取り合図如何する事も出来ないから先へ進もうと云う委員長気取りが足を出した。
少し後ろに成ってから振り返った。
隣で本田が立ち止まった。
「やっぱり、放って置けないよ。」
本田の言葉を聞いて全員が足を止めた。
「何よ、じゃ、あんたはあいつを助けろっての?」
委員長気取りが怒鳴った。
「あたしは先に行くから。」
そう云って委員長気取りは再び歩き始める。
「だったら、あんたがあんな風に成ったら見捨てていいんだね。」
あたしの言葉に反応して委員長気取りが振り向いた。
「あたしは絶対にあんたなんかに世話になんないよ。」
委員長気取りに附いて行ったのは植野と狩野だけだった。
商店街を逆行して行く。
周りから塵が立ち上っていた。
今まで通ってきたところが嘘のように記憶から取り除かれる。
「あそこでぶら下がっている人は死人だよな。」
暮間が呟いた。
顔を少し上げて其処を見た。
棒に引っかかっている雑巾みたいな人間が見えた。
「死んでるぅぅぅぅぅぅぅっ!」
本田が叫んだ。
血が大量に流れ出している中でさっきまで生きていた男がだらりと両手を伸ばしていた。
さっきは咄嗟の事で気が附かなかったが、大量の土が削られていた。
這い出そうとしたんだろう、そう思った。
眼に止まっていた蝿が中に舞い上がった。
「早く行こう。」
田嶋が歩き出した。
次々と現れる死体と異臭と血の匂いが混ざった中を歩く。
あたしの前を歩いていた暮間が口に手を当てた。
「一体何なんだよ。俺ら以外居ないじゃねぇか。」
確かに感じ取れるような人の気配は無かった。
「俺たちが居た所は何も無かったから助かったんだよ。」
田嶋が口を開く。
最も、工場内は酷い事になってんだろうなといって田嶋は振り返った。
「し、しかし、此れから如何するんだ。救助隊は何時来るんだ。」
担任が喋りながら頭を抱えた。
本田は泣いている。
「やだよ。此の侭死ぬなんてやだよ。」
本田を宥めながら脚を進める。
相変わらず続いているのは瓦礫の山―――死体の山―――塵の山―――――――――
こんなに汚い物だらけの世界を初めて見た気がした。
暮間が立ち止まった。
しゃがみ込んだまま黙っている。
突然走り出したかと思うと暮間は勢い良く胃の中身を吐き出した。
溜息を吐く田嶋。
泣いている本田。
吐きつづける暮間。
其れを見て青白くなる担任。
妙に冷静に周囲を確認する。
緑色の物干し竿が太陽光に反射した。
乾ききっていない洗濯物とおびただしい数の臓物が引っかかっていた。
きっと潰れている隣の会社から降って来たんだろう。
あたしの行動を見て田嶋が笑った。
「あんた、いい神経してんな。」
笑いながら田嶋は坐ったままの暮間の襟を掴んだ。
「早く立てよ。次、地震が来たら此処じゃ確実に死ぬ。」
田嶋の一言で再び歩き出す。
あんたの方がよっぽど、イイ神経してるよ。

雲の切れ目から出ていた太陽光が次第に強くなる。
本田の息遣いが荒い。
歩いている感覚が無くなって行く。
「何処まで行くんだ?」
暮間が口を開いた。
「俺、もう歩けねぇよ。」
口の周りから異臭が立ち込める。
「そうだな。日陰が在ったら休もう。」
担任が汗を流しながら笑った。
前方に高速道路が見えた。
地震の時最も安全だと云われ、阪神大震災で期待を裏切った高速道路が見える。
其の下はちょうど日陰に成っていて当たり前に車も走っていない。
其処に向かって歩きつづける。
少しずつ近づいてくる。
田嶋があたしの隣で溜息を吐いた。
安堵の笑みを浮かべる担任。
良かったと云いながら歩く暮間。
無表情の田嶋。
相変わらず泣きそうな本田。
あたし。
途中で別れた委員長気取りと狩野と植野は無事で居るんだろうか。
そんな事今は如何でもいいと思った。
暑さで頭が思うように働かない。
高速道路の下に着いた時には身体が動かなくなっていた。
突然田嶋が立ち上がった。
「何処行くの?」
「此処に居たってしょうがねぇだろ?何か探してくる。」
振り返りながら田嶋が云った。
立ち上がった。
少し足が痛い。
笑いながら田嶋が着いて来るのかと尋ねる。
笑い返した。
壱メートル位先を田嶋が歩く。
ワイシャツの張り付いている背中を見ながら歩いた。
自然と眼が色んなところを捕らえる。
ボンネットの潰れている車―――上に走っている高速道路からの落下物―――タイヤとか――ライトとか――死体とか――――――――
田嶋は何を見ているんだろう。
そう思った。
何かが前方で動いた。
脳裏から引きずり出される血塗れの死体。
未だ、そうと決まったわけじゃない。
田嶋が近づいていく。
はっきりと確認できる距離になって其れが中年をちょっとすぎた男だと判った。
「御前たちもか。」
徐に話し掛けてくる男。
「この、日本国は滅亡したのだ。しかしね、神が来るのだ。此処に来るのだ。」
破れた洋服を気にせず男は喋りつづけた。
「だから、我われは救われる。何をやっても救われる。」
きちがいだった。
男があたしの腕を掴む。
「さぁ、一緒に賛美したまえ。あの、黒い雲の向こうには―――――」
男は其処まで云い掛けて吹っ飛んだ。
田嶋が右手の甲に少量の血を附けたまま口を開いた。
「エンコウの口実はそん位でイイだろ?」

壊れている自動販売機の前で田嶋は何発か蹴りを入れた。
中から音と共に排出される缶ジュースを迷わず咽喉へ流した。
さっきのきちがい男の云ったように太陽はもう隠れていて再びあのどす黒い雲が広がり始めている。
きちがい男は帰りにはもう居なくなっていた。
小さく人が三人見える。
六本の缶ジュースの重みが腕に掛かる。
田嶋は相変わらず無表情で歩きつづけた。
足元が揺れた。
激しくなって行くに連れて立て揺れだとはっきり実感できた。
傍に在った電信柱が倒れた。
再び上の高速道路から色々なものが降り注いだ。
専用の電話。
車。
ぐちゃぐちゃに成った死体。
音がしている携帯電話。
生きている人間。
縁にあったもの総てが落ちてきた。
すぐ傍に落ちてきた臓物が足元に転がっている。
其れを見た瞬間に転がってきた人の頭に附いている眼ん玉と視線がぶつかった。
声が出なかった。
あたしを見た田嶋が手であたしの眼を覆い隠した。
「見ない方がいい。御前、暮間みたいになりたくねぇだろ。」
揺れが治まってそっと眼を開けた。
少し離れた所に生きた人間がもがいていた。
「イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ―――――――――。」
状況が飲み込めなかった。
何が起こっているのか判らなくなった。
頭の中が狂いだしそうだった。
只、生きた人間が苦しんでて、本田が泣いてて、死体と眼が合って―――――――
あたしを見ていた田嶋が是からもっとこういう現場が在るんだろうなと呟いたのだけが判った。



【coffin(cosket)】

走っている御幸の顔に潮風が当たる。
だからいやだって云ったのよ。
既に無くなった理性がほんの少し頭をよぎる。
如何してあたしが――――――――――――――――
隣で走っている慶子と留美が息を切らしている。
少し遅れてから梢が走っている。
如何してこんな―――――――――
後ろを振り返りながら御幸はそう思った。
陸上部でもエースを務めるほどの御幸だけだったらもっと速く走れるはずだった。
こんな足手まといを抱えて―――御幸は前だけを見た。
懐かしいグランドでの壱百メートルの白いラインが一瞬見えた。
あの頃は愉しかったな。あたしはエースだったし、純也と付き合ってたから―――
回想にふける分だけ御幸の傷も増えた。
純也はもう居ない。居なくなったのは――――――
再び後ろを振り返った。
益々差を広げて梢が見えた。
―――梢のせいよ。
留美が切れたままの息で梢の名を呼んでいる。
立ち止まる留美と慶子。
少し離れた所で立ち止まる御幸。
余震が足元の感覚を狂わせる。
総て―――――――――――――――――――――――――――――――
梢が苦しそうな表情を浮かべる。
梢が漸くみんなに追いついた時にはもう大分時間が経っていた。
息を切らしている。
「あたしもう走れないっ!」
梢が精いっぱい声を張り上げた。
御幸は冗談じゃないと思った。
「何?じゃあ、あたし達が待ってた意味なんてないじゃんっ!」
御幸の言葉に反応して全員が足元に視線を送った。
「死にたきゃ一人で死ねば?あたしは、まっぴらよっ!」
そう云い残して御幸は走り出した。
今度は後ろの事など気にしなかった。
自分が助かればいいと思った。
後ろに居る連中なんて―――特に梢の事は如何でも良かった。
死んだらいいと思った。
あんな奴居なくなったら良いのに――――――――――――――――――
随分走ってから後ろを振り返った。
みんなは大分下のほうにいた。
みんなから更に離れた所に梢がいた。
そんな事、どうだっていい。
御幸は再び上に向かって走り出した。
其の瞬間、地面から大きな揺れが伝わった。
走っていた御幸もずっと小さく見える梢も倒れた。
起き上がろうとしたとき御幸は自分の脚が微かに濡れている事に気が附いた。
下を見ると何も無くなった地面だけがくっきりと現れた。
慶子は――春美は―――友美は――恵は―――――
居なくなった友達を確認した。
みんな死んだんだ。
御幸は暫らく動く事ができなかった。
運が良かっただけだと御幸は思った。
それ以上に梢が死んだことに実感が湧かなかった。
みんなと行動していなくて良かった。
小さく御幸は呟いた。
バイバイ。
少し笑って御幸は幸福を感じた。
梢は死んだんだ。
歩き出した御幸は純也のことを考えた。
「梢の奴、死んだよ?純也?」



【forehock】

あまりの異臭に耐えかねて植野が愚痴を零している。
「大体、何でこんな眼に逢わなきゃなんないんだよ。」
「そうだよな、俺たちが何したってんだよ。」
暫らく続いている狩野と植野の会話が耳障りだと委員長気取りは思った。
最初の自分の計算―――――――
そう、ついてくるのが田嶋と麻依と、本田だと思っていた。
其の計算が大分ずれた事に少し怒りがあった。
今居るのは、役に立つかどうか判らない男2人。
取り合図食料と水の確保が必要だと思った。
肌を焼く太陽光が身体に熱を溜め込ませている。
変わらない光景と、異臭が脳味噌を溶かした。
突然の揺れが地面に加わった。
自分の方に倒れかかってきたビルを見て植野が声を上げた。
揺れの収まった事を確認してから委員長気取りは漸く状況を把握した。
植野は死んだ。
そう思っていた矢先、狩野が声を上げた。
「植野っ!御前大丈夫かよ。」
ビルの下敷きに成りながら植野がうめいている。
「引っ張り出してあげれば?」
声につられて狩野は植野の腕を掴んだ。
血で濡れたワイシャツと、千切れた髪の毛が狩野の指に絡み付いた。
それ以上に折れている植野の腕から突き出た白い骨が狩野の指にしっかりと感触として残った。
ビルの下から漸く這い出した植野を見て狩野が声を上げる。
「是じゃ、どうしようもないね。此処においてくしか方法が無いじゃん。」
委員長気取りの声を聞いて植野が喚いている。
「助けてくれよっ!何でもするから。」
何でも、ね。
ビルの壁に千切られて無くなった両足を見ながら委員長気取りが笑った。
「其の身体で何が出来るのよ。今、あんたに出来る事は、足手まといに成んない事。」
「其れって、植野に死ねっていってんのか?」
鋭くなった狩野の眼が委員長気取りを捉えた。
「じゃあ、どうすんの?救急車でも呼ぶ?あたし達がこいつの脚に成る?」
「狩野、助けてくれよっ!親友だって云ってたろ?」
「御免な。」
鉄パイプを拾い上げた狩野が眼を瞑って植野の頭の上に其れを振りかざした。
辺りに飛び散る赤黒い血液が狩野の制服にも、委員長気取りの制服にもこびり付いた。
「結局、自分が一番なんだよねー、人間って。」
勝ち誇ったような委員長気取りの声が辺りに響いた。
「勘違いすんなよ。俺は、こいつを楽にしてやったんだよ。生きてたって脚が無きゃ如何しようもねぇじゃねぇか。」
そう云った狩野の後ろから高い声が飛んでくる。
眼鏡で長髪で―――――其れでいて未だ処女なんだろうな。
委員長気取りは直に其れが国語の女教師だと云うことがわかった。
嬉しそうに走ってくる女教師を見て委員長気取りも笑った。
苛めたくなるよね、嗚呼云うタイプって。



【stink】

甘い匂いが漂う
割れた瓶
其の中から零れているイチゴジャム
ペットボトル
壊れた監視カメラが下を向いている
蛍光灯
天井に付いているはずの其れは床に散乱している
ガラス
チョコレートの箱が転がっている
銀色の袋を咥えて烏だけが其処に居た
散乱したままの雑誌
再び、ペットボトル
甘い匂いが漂う
野菜のはみ出しているサラダ
ドレッシング
押しつぶされた紙パック
床に滴り落ちている中身
半透明の液体
交じり合う
床を這う
つながる
河に、成る
固まって、いく
パンの袋が空いている
開いて、いる
チョコレート
キャスターが何本か転がっている
其の先には千切れたアカマル
其の奥には潰れたセッター
其の上には箱のままのマイセン
其の右にはラッキー
其の下にはクール
其の前にはキャスター

【carnage】

辺りが暗い。
そう実感しながら改めて周りの状況を確認した。
そう―――転がっている身体も―――臓物も―――眼ん玉も―――全部本物だった。
田嶋は相変わらず表情を変えようとしない。
担任は疲れで泥酔している。
本田も寝ていた。
少し暮間の様子が変だと思った。
がちがちと歯を鳴らし、頭を抱えている。
高速道路の橋げたの下に向かって風が吹き込む。
間隔は異なるものの余震は未だ続いている。
何かの音がして、あたしと田嶋が其れに素早く反応した。
足音だった。
明らかに此方へ近づいてくる足音だった。
昼間の狂った男が戻ってきたのかもしれないと思った。
田嶋が立ち上がった。
漸く眼を覚ました本田と担任も立ち上がった。
近づく音。
鉄パイプを拾う田嶋。
「み、みんなぁっ!大丈夫さっ!俺たちは強いんだっ!!!」
笑いながら暮間が歩き出した。
担任が暮間の名前を呼んだ。
何も反応せず笑いつづける暮間。
其の瞬間足音が止まった。
「木藤純也」
あたしに名前を呼ばれて木藤は笑った。
「良かったよ。みんな、居なくなっちまって。」
暮間が傍で何か云っている。
「そらみろっ!大丈夫だったじゃないかっ!」
鉄パイプを床に下ろしながら田嶋が云った。
「こいつ、狂いやがった。」
木藤が着てからは少し雰囲気が明るくなった気がした。
木藤は自分の身に起こった事一つひとつを話した。
本田が大分落ち着いている。
担任も笑っている。
オカシイのは暮間だけだった。
あたしの横で田嶋が眼を瞑った。
電気が無い汚れた都会の夜空に、初めてこんなに星があることが分かった。

「何時になったら、救助隊、来るんだろう。」
隣に居た本田が呟いている。
「当分は来ないだろうな。」
正しい田嶋の判断と未だ寝ている担任のいびきが響いた。
暮間は昨日の夜から可笑しくなった。
今では、あたしの周りを駆け回ったり、のた打ち回ったり、何か云っていたりする。
誰もが暮間が壊れたと確信した。
加わったばかりの木藤はもう既に馴染んでいる。
それ以上に冷静なままで、ずっと携帯を弄っていた。
昨日の地震の後がくっきりと刻まれた道路を見る。
乾いた蛙のような臓物。
幾重にも重なっている死体。
眼を覆いたくなるような光景しかなかった。
当然、誰も暮間を責めなかった。
発狂しなければ眼の前の出来事から逃れられなかったんだろうと思った。
「あいつ・・・」
顔を上げた田嶋が呟いた。
視線を向けた。
「御幸ちゃんっ!」
本田の声が後ろから飛んだ。
海水の乾いたせいで白っぽくなった制服が風に靡いている。
「純也・・・」
御幸が笑う。
あたしの横で本田も笑った。
木藤も笑う。
「御幸、御前生きてたのか。」
驚きを隠せない純也が御幸の元へ駆け寄る。
御幸は暮間を見た。
狂乱した頭で暮間は駆け回ったり、アスファルトを叩いたりしている。
「あいつは、狂ってんだよ。」
そう云って木藤は再び笑った。
あたしの眼の前で起こっている事を整理した。
まず―――地震が有った――海岸線から見ていた―――海水の中に消えた――地面の割れ目に吸い込まれた―――クラスメート――生き残った自分―――汚くなって血に塗れた男――上から降って来る臓物―――狂った暮間――眼の前で其れを総て忘れて笑っている男と女―――――――――――――
「いい加減にしろよ。」
田嶋が声を出した。
「此の侭、此処に居てもしょうがねぇな。」
「食料と、取り合図、水。」
あたしの声を聴いて全員が立ち上がった。
暮間だけがアスファルトに噛付いている。
「是はもう仕方が無い。あいつは、置いていこう。」
担任がそう云いながら先頭に立った。
歩き出した田嶋の背中が見える。
未だ、夏に差し掛かったばかりの教室で―――
―――机の上に坐りながら、少しファズ―――
―――の効いたベースを持ちながら、あ―――
―――たしに笑いながら       ―――
顔左の側面が一瞬にして熱くなった。
田嶋が立っている。
此処は、何処だろう。
あたしの吹っ飛びかけた意識を繋いでから田嶋が声を出した。
「暮間には成りたくねぇだろ?」
「まぁね」
後ろに居る本田が少し驚いていた。
ちょうど良い痛みの余韻に耐えながら足を出した。
暮間の姿はもう無い。
直後ろに見えるのは木藤と御幸の姿だけだった。
「純也が生きててほんとよかったぁ、あたしね、こわくってぇ。」
「なぁ、御前、梢知らないか?」
会話の一瞬消えた中で、御幸は笑った。
「知らないよ。死んだかもね。」
そうかと云う木藤の声が耳に残った。

大分東の方へ来たはずだった。
相変わらずなのは太陽の反射光と元恋人たちの声と体力の消耗だけだった。
前方に壊れた町が広がっている。
周りに有るのは、ガラクタ・塵・死体の山。
発狂した暮間の事が一向に頭から離れなかった。
担任が突然叫んだ。
「お、おい、あれっ!うちの学校の制服じゃないかっ!」
小さく三人の人の形が確認できる。
手を上げながら走っていく担任に続いて木藤と御幸も走り出した。
走りながら御幸は笑った。
―――――嗚呼、そうね。やっぱり、あたしはこうでなくちゃね―――――
笑った。
―――――最高の彼氏と、邪魔者の居なくなった生活と、アイドルの侭―――――
笑った。
傍に近づいた担任があたし達の方に向かって手を振りながら何か叫んでいる。
田嶋が溜息をついた。
近づいたあたしに確認できる事は、其の三人が死体と国語の女教師、そして委員長気取りだと云うことだった。



【holic】

「其れじぁ、一緒に居た二人は死んだの?」
本田が委員長気取りを見ながら少し泣いている。
「是は、狩野のほう。植野は潰されて死んだよ。圧死。」
目蓋の開いている狩野を差して委員長気取りが口を動かした。
隣で喋っていた御幸の動きが止まる。
あんたも死んじゃえばいいんじゃない?
脳裏に映し出された言葉をそっと掴んだ。
「暮間は?」
「嗚呼、あいつか。」
人数が増えて明るくなった担任が笑いながら云った。
「あいつはな、発狂したんだ。仕方が無いから置いてきたよ。」
それを聞いていた女教師がきっとした眼で担任を睨んだ。
「教師として情けないわ。」

夕日が落ちかけている薄暗い中を御幸は純也と歩いた。
恋人同士だったときのことばかりが頭の中を廻る。
御幸は嬉しかった。
純也の横顔が御幸の方を向く。
「梢、生きてるかな。」
純也の心配そうな声に反応した。
梢は死んだ。
梢は死んだ。
梢は?
「如何思う?御幸は。」
「何も知らない癖にっ!」
御幸の声が純也の耳の中を通った。
「知らないなら、あたしが教えてあげるっ!」
純也の眼が御幸を凝視した。
「死んだよ。梢は死んだ。あたしの眼の前でね。あっさり死んで、消えたのよ、あいつは。」
「本当なのか?なら、何で今まで黙ってたんだよっ!」
其れはね、あたしがあいつの事嫌いだから。
純也は如何してあたしの事を見てくれないの?
純也は如何してあたしの事好きで居てくれないの?
純也は如何してあたしの事もっと愛してくれないの――――――――――――――――――――――――あたしが、梢の事殺してあげたのに。
御幸の手が純也の肩を押した。
一メートル先に有った地面の割れ目の中に純也は消えた。
感触が残った。
純也は居ない。
眼の前から消えた純也は何処に行ったのだろう。
「随分と、むごい事するんだ。」
振り返った御幸の後ろに委員長気取りが立っている。
「あんた、何で此処に居るのよ。」
「愛する人があなたの物に成って良かったじゃん、ストーカーだね。」
腕を組みなおした委員長気取りが笑った。
「あんた、死になよ。」
笑いつづける委員長気取りと純也の声が聞こえた。
「木藤、生きてるよ。助けてあげれば?其れとも、亦突き落とす?」
少し唇をかんで、御幸は割れ目の中を覗いた。
純也―――――――――――――――――――――?
顔の皮膚が無残に削られ、頭皮と頭蓋骨を覗かせた人間らしき生き物が歯をむき出してうめいているのが見えた。
肩にずっしりとした感触が有って御幸の身体は割れ目の中に傾いた。
何か云っている得体の知れない生物との距離が十メートルから三メートルまで縮まった。
御幸は辛うじて其の直上の剥き出しのままの出っ張りを掴んだ。
脚にぬとっとした感触が在った。
得体の知れない生物が奇声を上げて足にしがみついていた。
背中に冷たいものが走って御幸はその生物を振り落としにかかった。
脚を振るたびに少しずつ出っ張りが削られた。
断末魔を上げながら、漸く其の生物が脚から離れた。
其の瞬間出っ張りか手が離れて御幸の身体は重力に従った。
御幸は少し頭が熱くなったと思った。
ゆっくりと周りを見る。
純也は何処?

一部始終を見ていた委員長気取りが笑った。
「二人仲良く死んでよかったじゃん。」
「死んだの?」
あたしに聞かれて委員長気取りは急いで振り返った。
「何時から居たの?」
「今来たとこ。死んだの?」
「そうだよ。早めに死んでよかったんじゃない?馬鹿は役に立たないから。」
其の割れ目の中だよといって委員長気取りが指を差した。
ゆっくりと中を見た。
何処まで続いているのか分からない其れの中に木藤のネクタイだけが途中の出っ張りに引っかかっていた。
委員長気取りがあたしの肩を掴んだ。
「あんたも、落ちてみる?」
背筋が動かなくなった気がした。
「あんたも道ずれだよ。」
脚を掴まれて委員長気取りは漸く肩を離した。
「木藤達はね、あたしが殺したんだよ。」



【harvester】

暖かい上昇気流が翅を助けた。
少し上向きに飛ぼうとして、モンシロチョウが力を入れる。
壊れたビルの中から出て来た男が道端に倒れた。
焦げた身体を引きずる女が一瞬視界に入った。
少し高度を上げたモンシロチョウは更に飛びつづけた。
塵と、灰と、近代文明崩壊の後の残る空気の中を飛んだ。
妙に生暖かい風が海へと吹き出している。
モンシロチョウは海へ行こうと思った。
仲間も大勢居た。
未だ、土の匂いのしたあの場所が残っていると思った。
増して行く上昇気流と炎の渦が眼の前に立ちはだかる。
人間たちが焦げていく様子が見えた。
モンシロチョウの左の翅が音を立てた。
黒くなった部分をかばいながら、更に上へ―――――――――――――――――
―――――――――――――――更に上へ―――――――――――――――――
―――――――――――――――更に―――――――――――――――――――
そしてモンシロチョウは翅を動かすのをやめた。
枯葉のように風にもまれながらモンシロチョウは静かに地面に着陸した。
傍を通る人間の靴底が翅を半分千切った。
モンシロチョウはもう飛ぼうとしなかった。
只、意志だけが更に上へと登った。
海へと近づいた。
仲間を捜し当てた。
暫らくしてモンシロチョウの呼吸が静かに止まった。



【photomontage】

暗くなった辺りを見て担任が溜息をついている。
溜まっている熱が少し放出された。
あたしの横で本田が寝ている。
委員長気取りと視線が合う。
だから、云ったじゃない。馬鹿は死んだほうがいいって。
田嶋が木藤の携帯を弄っている。
明るくなった画面だけがはっきりと見えた。
突然寝ていた担任が起き上がった。
「御前たち、寝とかないと、明日も歩くんだからな。」
そう云いながら担任が闇の中に消えた。
外灯の無くなった商店街が霧のように見える。
腕に止まった蚊を追い払って委員長気取りも眠りに落ちた。
遠くで犬か何かの声がした。
何も分からなかった。
指輪を弄りながら田嶋を見た。
「俺は寝ないから、御前も寝たら?」
視線をずらさないまま田嶋が口を動かした。
そう云われて、漸くあたしの眼が閉じた。
頭が重かった。
どうしようもなく身体が重かった。
意識の吹っ飛んだ身体を本田がゆすった。
「担任が、死んだよ。」

辺りに飛び散った少し乾いている灰色の脳が見えた。
頭蓋骨の割れた担任が口を大きく左右に開けた侭死んでいた。
見慣れてしまった死体を前に田嶋が溜息をついた。
死体を直視しないまま、本田が声を上げた。
すぐ傍の茂みの中で何かが動いた。
腕を潰された其の物体を前に田嶋が近くに落ちていたパイプを掴んだ。
顔が血と吐瀉物と灰色の脳味噌でぐちゃぐちゃに成った其れが訳の分からない悲鳴をあけている。
思考回路の止まったあたしに走り寄ってくる其れを見て田嶋が内臓を殴った。
固まった身体を動かす。
反射的に避ける。
田嶋の顔が見えた。
本田は?
其の生き物と視線が合った。
あたしに判別能力が戻った時には既に其れは血の塊の中に伏していた。
是は、あたしの知らないものじゃない。
あたしの知ってる―――――――――――そう、あの時置き去りにした――――――――――
死にかけの暮間を見る。
影も容もなくなったかのように、ノミと化した暮間がときどき脚とか、肢体とかをぴくぴくさせた。



【cordial】

暗くなった辺りに怯えながら担任が辺りを見回している。
全く、厭なガキどもだ。
暗い空に向かって言葉を吐きながら、ズボンのベルトを緩めた。
如何して俺が、こんな惨めな生活をしなきゃならない?
――――――――――――くそっ、俺は学校きっての「エリート」なんだ――――――――
傍の草むらで音がしたにもかかわらず、担任は呟きつづけた。
俺は、エリートなんだっ!
俺は、エリートなんだっ!
俺は・・・
ごちんと云う鈍い音と共にぱっくりとはじけた果実のような頭で担任は振り返った。
エリートの俺に何が起きた?
エリートの・・・
丸い石を持った人影が動いた。
エリートを馬鹿にするなっ!
塵虫のようにびくびくしている担任を見下ろして人影から声が漏れた。
其の時初めて担任は其れが只の発狂した生徒、暮間だとわかった。
俺はこいつの手に掛かった。
ぱっくりと割れた頭からの出血が辺りに養分となって消えた。
全く、厭なガキどもだ。
暗くなった辺りに怯えながら死んだ担任が辺りを見回している。



【razorbilledauk】

居なくなった担任は話題にも出ずに消えた。
未だ、生き残っている事に少し違和感を憶えた。
商店街が見えなくなって、亦新しい路地に差し掛かった。
崩れたマンション街を歩いた。
狭い公園でジャングルジムとかブランコとかに引っかかっている肉の塊から異臭が漏れている。
今にも崩れそうな建物の中からは呻き声だったり、発狂したらしいものの声だけが聞こえた。
其れももう後ろに成った。
歩いても変わらない光景だけが広がった。
あまり崩れていない建物の中に田嶋が入っていく。
附いて入っていった。
ひんやりとした床―――角を曲がっていく―――展開される視界―――次は何?
空に成った薬品室で女教師が座り込んだ。
埃のかぶっているノートを引っ張り出した。
:六月十二日 午前十時二十七分 男児誕生 体調極めて良し・・・
産婦人科だったんだ。
そう思って間も無く女教師が声を上げた。
ノートを放り投げた。
生まれて未だそんなに経ってない新生児の姿を見て女教師は声を上げつづけた。
田嶋が其の直後ろで立ち尽くしている。
傍に行ったあたしを振り払って女教師は廊下へ飛び出た。
ぎしぎしと云う音が伝わる。
「田嶋?」
あたしの声に反応して田嶋が視線を向けた。
再び視線を戻した田嶋に合わせるようにあたしの視線が動いた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――コレハ、ナニ?
視線に飛び込んできたのは、新生児と母親――――――顔が半分無くなり、
干からびた脳味噌を露出させ、
                         血を垂れ流して、
                         聖母のように子供を抱く―――――――――――――――――――――――母親?
其の血を啜って成長しつづける子供。
親の養分が子供の成長の糧となり、子供の骨や筋肉や細胞になって居る――――――――――

只の死体じゃない?

委員長気取りが笑った。
だから、なんなのよ?どうせ其の子供も其のうち死ぬよ。ほって置きゃ良いのに。
「本田、来ちゃだめっ!」
声が出た。
何が起こっているのか良くわからなかった。
母親の死に顔が脳裏にこびり付いて離れなかった。
子供があたしにも何かを求めて脚を掴む気がした。
初めて声を上げた。
自分が壊れていくのを自分で分かる事が出来なかった。
田嶋の声と本田の顔と女教師の足が見えた。
そうだよ、此処は戦場じゃない?
廻る。
生き残ったものの勝ちじゃない?
廻る。
手段を選ぶようなヒマは残されていない。
廻る。
狂い死ぬか、殺されるのを待つだけじゃない?
止まる。
「ごめん、少し驚いただけ。」
一瞬のうちにこんなに脳が活動した事は無かった。
髪をかきあげて本田を見た。
大丈夫。あたしは、狂い死ぬ事は無い。
確信して少し楽になろうと思った。
あたしは、誰にも殺されたりしない。

脳の革命と共に訪れる不快感が余韻と成って身体に流れている。
隣で本田が下を向いたままで居る。
電池の切れた携帯を握る田嶋。
怯えて震えの止まらない女教師が視線を固定したまま何か云っている。
「・・・無事なんでしょ?・・・だって、あなたは独りで逃げ出したんだもの・・・」
ねえ、上山君?
「真治と会ったんですか?」
女教師の顔を向けた。
青白く死人のようになった女教師が喋りつづける。
「ええ。私は副担任だったからね。彼は、セントラル・マンションに居たの。でも居なくなった。」
何処かに行くって――――――――――――――――――――――――――――――――――彼、そう云っていたのよ。
田嶋が笑いながら使い物に成らなくなった携帯を投げ捨てた。
本田が顔を上げる。
あたしは如何したら善い?
奥で赤ん坊の声が聞こえた。
あたしは如何したら善い?
揺さぶられる記憶とあたし自身の声が聞こえた。
あたしは如何したら善い?

投げ出された携帯が白い床にぶつかった。
音が激しく響いて赤ん坊の声が耳の傍で聞こえた気がした。
女教師は相変わらず何か云っている。
狂った人々はもう沢山だ。
委員長気取りだけは未だに冷静を保っている。
遠くで何かの音が響く。
其の瞬間に崩れる足元。
バラバラに成って落ちていく床。
縮まる天井との距離。
嬉しくも無いメロディー。
あたしの眼に映ったのは、落ちていく聖母と声を上げつづける赤ん坊。
辛うじて残った女教師が折れていないほうの腕で懸命に鉄骨にしがみついた。
直隣りにいた委員長気取りが笑い飛ばした。
「助けて欲しいの?」
「御願いっ!手を貸して。早くしないと腕が・・・」
「命乞いでもすれば?どっちみちあたしはあんたを助けたりしない。危険は避けて通るのが常識でしょ?」
女教師の身体が傾いて瞬間として消えた。
残った叫び声を笑いながら委員長気取りがあたしの方を見た。
こうやって木藤たちも死んだよね。
広がる空間を少し埋める。
低くなった天井を見て本田が声を上げた。
破れた天井からの塵が頭の上に殺到する。
白衣―――ノート―――注射器―――人。
前の見えなくなった中で委員長気取りの声が響いた。

揺れが収まって近くに本田と田嶋を確認した。
少し離れたところに委員長気取りが居た。
「助けて。」
そう云いながらあたしの足に手が掛かった。
委員長気取りの手だった。
頭から大量に出血し、肉の削られた腕から露出している骨が見えた。
身体が拒否反応を起こしてとっさに腕を振り払った。
「助けてよっ!あたし、死ぬかもしれないんだから。」
委員長気取りの言葉を聞いた田嶋が笑っている。
助けなくっていいって云ってたろ?
田嶋に視線を合わせる。
恨めしそうな顔をしたまま委員長気取りは動かなくなった。
田嶋がズボンをはたいて立ち上がった。
本田が傍で硬直した侭動こうとしない。
拒否反応を示した身体の侭あたしも立ち上がった。
外に出ると日差しが相変わらず強かった。
聞こえてくる人の声と崩れそうな神経を保った。
あっけなく死んだ人たちを忘れる。
生き残ったのはたった三人だけだと云うことに妙に実感が持てた。

「君達、大丈夫かい?」
担任のような男が眼の前で動く。
「もう、安心しなさい。食料も水もたっぷり有るぞ。」
どこぞの環境保護団体の人たちだった。
こんな中で自然環境の保護なんて無駄だよね。
晴れた空にすがすがしく流れる空気を肺に入れた。
委員長気取りの掴んだ足首に血の跡が残った。
未だ喋りつつける大人たち。
其れとも、人間環境の保護なのかもしれない。
踏み潰されたモンシロチョウを見て田嶋が笑った。



【meteoroid】

少し熱い空気を残して機内にアナウンスが流れる。
本日は当飛行機を御利用くださいまして―――
スチュワーデスが気取って通路を歩いていった。
買ってきたコーヒーを口へ運びながら慶介は残り少なくなったバカンスを楽しんだ。
救命胴衣の着用方につきましては―――
未だ飛び立ったばかりのエア・プレインは快適すぎるほどだった。
周りの客や乗務員にでさえ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――だから、其れをぶち壊す瞬間を待った。
用意してきたものは万全だった。
此れからの自分の計画についても慶介には余裕があった。
小さい頃ろからずっとパイロットに憧れていた。
自家用のヘリコプターを五年以上もかかるローンで購入した。
ゲームソフトも厭と云うほど買い込んだ。
自分以上にパイロットに相応しい人物は居ないと思った。
―――――――だから、其れになるのをずっと待った。
そして、今。
とうとう念願が叶うところまでやっと来た。
缶コーヒーが空に成り、アナウンスも無くなり、雲が眼下に広がっていた。
『今日は革命の日なのです。』
慶介はゆっくりと立ち上がった。
すぐ其処に立っているスチュワーデスが声を掛けた。
「御客様、どうかなさいましたか?」
あんたも立ってるじゃねぇかよ。
自分の服にスチュワーデスが触れるのを確認してから慶介はゆっくりとペンの蓋を廻した。
出て来た金属を素早くスチュワーデスの首に当てた。
其の侭移動する。
奥へ。
ずっと奥へ。
この扉の向こうが操縦室ですといってスチュワーデスが気を失った。
『今日は大革命の日なのです。』
そう、此処に今世紀最高のパイロットが誕生する。もうすぐ其れがやってくる。
慶介はそう云ってノブに手を掛けた。
機内に附いているいくつかの電話からスチュワーデスの声が聞こえた。
「緊急連絡です。男性一名が当機をハイジャックする模様。スチュワーデス一名を人質に其方に向かっています。」
操縦室はずっと快適だった。
自動操縦に切り替わった機内でずっと画面を見ているだけでよかった。
誰だよな、俺のバカンスを台無しにしたのは――――――――――――――――――――――
帽子を取って操縦士は副操縦士のほうを向いた。
「ハイジャックだと。下との連絡は取れたか?」
「其れが、繋がらないのです。何か、トラブルが有ったようです。」
どいつもこいつも肝心な時に。
そう思った瞬間にドアが鈍い音を立てた。
「操縦士か?」
刃物をこっちに向けた男が息を荒くしてそう云い放った。
ははーん、こいつだな。俺のバカンスを台無しにしやがった奴ってのは。
「答えろっ、操縦士は誰だ?」
「俺だよ。何が目的なんだ?」
慶介は笑った。
こいつは操縦士だった。今まで。そして、今から俺が操縦士なんだ。
「当機は今から俺が操縦する。」
典型的な馬鹿だな、こいつは。
操縦士の溜息が耳に入って慶介は憤慨した。
「何がおかしい?御前の命は俺に掛かっている。」
そう云ってから、操縦に取り掛かった。
マニュアル通り自動装置を外して操縦桿を握った。
『今、大革命が行なわれました。新しいパイロットの誕生です。』
操縦士は椅子に腰掛けてずっと見ていた。
「妙なマネはしないほうがいい。爆弾が仕掛けてあるからな。」
慶介の言葉が響く。
馬鹿だよなぁ。
操縦士の溜息も気にせず、慶介は飛行機を動かしつづけた。
眼の前に広がるすべてが新しかった。
こんな事なら、もっと早くパイロットになればよかった。
燃料も確認済みだ。
「何処に行くんだ?」
操縦士の声を聞いて慶介は少し戸惑った。
「此の侭シドニーへ行くのもいい。京都とか奈良とかにある重要文化財に突っ込んでもいい。」
そうだな。何処にしよう。
ケースを開けて煙草を取り出す。
馬鹿な前の男を見る。
こいつ、いかれてやがる。
操縦士のそう云った行動を見てから慶介は急旋回を試みた。
左に機体が傾く。
更に左に傾く。
更に更に左へ―――――――――――――――――――――――――――――――
「此の侭行ったら竜宮城に着くよなぁ。」
操縦士の言葉を聞いて慶介は再び憤慨した。
「御前は操縦士でも何でもない。黙って見ていればいいんだっ!俺はパイロットなんだぞっ!」
ずっと左へ。
旋回しながら高度を下げる機体に副操縦士がもうダメだといった。
御母さんといって崩れる副操縦士。
操縦士は煙草を床に落とした。
まぁ、人生って奴はこんなモンだろ。
ゆっくりと窓のほうへ。
何処へ行くと云う声。
窓の傍へ。
見えるのは、壊れたビル、重化学工場、炎上している原子力発電所。
爆発音、サイレン、聞こえるはずもない叫び声。
海面の異常なまでの上昇を見て操縦士はすぐに地震だと確信した。
「何を見ている?」
慶介は左へ旋回しつづける機体を持ち直しながら操縦士を見た。
「いや、日本の掃除を見てたんだ。」
こいつは、典型的な馬鹿だ。
慶介はそう思った。
まぁ、いい。俺の腕に驚いているのだろう。
よく見ておけと云って慶介は上昇しようとした。
速度を上げた機体は、左に旋回するのを止めた。
更に速度を上げて下へ。
下へ。
ずっとずっと下へ――――――――――――――――――――――――――――――――――
さっき飛び立ったばかりの飛行場の跡地が見えた。
海面下に沈んだ飛行場が見えた。
「あんたは、最高の馬鹿だよ。」
操縦士の言葉も聞かず、慶介は操縦桿だけを握り締めた。
こんな筈ではなかった。こんなはずでは。
なかった。
こんな事ならもっと早く――――――――――――――――――――
海面が近づき、下らないハイジャック犯とそいつの爆弾、乗員乗客を乗せた機体は音を立てて海底に着陸した。



【forcible―rape】

「やっぱりいくの?」
本田が少し笑っている。
そうだよね、そう云って下を向いたまま動かない本田。
寝ている田嶋が笑った気がした。
温度の上昇が酷い。
途切れたままに成っている真治との電波も繋がらなかった。
取り合図、今出来る事を探した。
「ごめんね。やっぱり行ってみるよ。」
セントラル・マンションならすぐに分かると思った。
一番高い建物を探せばいい。
そう思った。
如何してこんな事になったんだろうねといった環境保護団体の人が御茶を汲んだ。
静かに体内に入っていく水分を最大限に蓄えた。
本田は大丈夫だと思った。
田嶋も居るし、役に立つかどうかは別として大人も何人か居る。
寝ている田嶋を見て立ち上がった。
革靴の底がアスファルトに焦げる。
砂漠のように廃屋の有る通を歩いた。
高い方へ向かった。
もう、時間が経って眼に映る生々しかった景気も大分無くなっている。
臓物は乾いてイカの干物のように成っていたし、ビルの崩壊も見慣れた。
公園の砂場で、塵に埋もれた子供を捜してひたすら砂を掻き分ける気ちがい。
乾いた小腸や、消化器官を集める老人。
気持ち悪いと叫んで顔をかきむしる若い女。
神経とか、理性とか、常識とかが通用しない世界。
死んだ者達。
どうしようもない嫌悪感が満ちる。
あたしは、どうしたらいいんだろう。
マンションの間を幾つも通り抜けた。
崩れた歩道橋の下も潜った。
破れたフェンスも乗り越えた。
何処まで行けばいい?
高い所へ。
不意に眼を上げた。
セントラル・第一マンションの標識が見えた。
幸いにも罅の入っているだけの其れを見て少し泣きたくなった。
「何か、用かい?」
声が聞こえる。
「はい。最上階まで行けますか?」
「案内しよう。」
右腕の無くなった老人の後に続く。
管理人だったんだといって老人は少し笑った。
崩壊したほかのマンションを見て手を合わせた。
「此処から先は行かないほうが善い。」
其れだけ云って消えた老人の姿が階段にこびり付いた。
金属のドアノブに手を掛ける。
ひんやりとした感触。
静電気が少し走ってドアが鈍い音を立てて開いた。
非常階段が、一部崩れずに残っていた。
踊り場の手摺が無い。
風が強かった。
遠くに火災が見えた。
海も見えた。
石油化学コンビナートとか、製鉄所とか、近代文明の証が見えた。
どうだって善い。
自分の居た海岸線も、通り抜けてきた商店街も、安全といわれた高速道路の下も、マンションの間の公園も、産婦人科病院も――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
どうだって善い。
壁に寄りかかった。
有名だった橋が見える。
シンボルだった橋。
真ん中の部分が無い。
壁に寄りかかった。
真治の痕跡は無い。
まだ、一週間も経っていないのに、ずっと昔から会っていないような気がした。
階段を下りると老人が見えた。
「如何だった?何も見えなかっただろう?」
セントラル・第二マンションへは国道を使ったほうがいい。そうしないと行けないからね。
ゆっくり頷きながら老人は居なくなった。
「有難う、御座いました。」
再び歩き出す。
更に高いところにマンションが見え始めた。
何か潰れる音がして振り返る。
亦、何か有ったのかも知れない。
ゆっくりと視線は後ろへ。
どうだって―――――――――――――――――――――――――――――――――
血液―――肉片―――無くなった臓器―――外に飛び出しながらも鼓動している心の臓―――消えた老人の影―――――――――――――――――――――――――――――――
再び前へ。
どうだって善い。

長くて太い道路がずっと続いている。
錆びた歩道橋が原型を崩した。
高速道路みたいに、何本も何本もライトが立っている。
この路は、何処まで続いている?
綺麗な白いラインだけが見えた。
一台も車の走っていない道路に坐った。
感覚は無くて、脚に疲労だけが溜まっていた。
電池が無くなって来た携帯を握る。
田嶋の声がする。
そんなわけ無いじゃない。
足音と共に男が現れた。
黒くなったワイシャツに吐瀉物が少し掛かっている。
坐っていたあたしの足が痛む。
腹筋と、横隔膜の辺りに男は跨った。
「御前、何で逃げたんだよぉぉぉぉぉっ!」
可笑しくなった男はあたしの顔を殴った。
すぐに立ち上がる。
男の顔が歪む。
あたしは、御前みたいなやつは殺す事にしてるよ?
銀色の刃が光る。
腕から温かい血液が指を伝う。
アスファルトに染み込む。
声が聞こえる。
おい、大丈夫か?
笑う田嶋。
「如何して此処にいるの?」
今は、関係ねぇだろ?
眼の前で刃が田嶋の身体に食い込む。
気が狂った男の意識も無くなる。
田嶋が男の首にナイフを差したまま坐った。
ねぇ、大丈夫?
「早く、行け。」
「ちゃんと、治療しないと。あんた、死ぬよ?」
血液が吹き出る。
田嶋が笑う。
傍で死体と成った男の顔が見えた。
血液が吹き出る。
腹部から刃を抜いて田嶋が笑う。
「上山が待ってるよ?」
あんただって、大切な彼女が待ってるんじゃない。
「早く行け」
田嶋の眼があたしを見る。
田嶋は死ぬんだろうか。
流れ出た血液が小さな流れを作る。
田嶋はきっと死ぬんだろう。
「あんただって、大切にしてる彼女が居るじゃない。」
笑う。
如何してあんたは何時も笑うのよ。
笑い事じゃないじゃない?
「早く行けよ」
田嶋が笑った。
二人だけの姿が見える国道で、田嶋は此れから如何するのだろう。
何も無いところで、田嶋は死ぬのだろうか。
止血をして田嶋は立ち上がった。
あたしの眼の前に居る田嶋。
こいつは、死ぬんだろうか?
「行け」
少し背中を押されて田嶋が見えなくなった。
振り返らなかった。
走った。
死んだ彼女の写真を握り締めている田嶋を見なかった。
走った。
ずっとずっと走った。
血液の循環が良くなって腕から血が零れるまで走った。
立ち止まった。
振り返った。
辺りは、何も無くって少しの明かりが見えた。
火事の灯りだと思った。
田嶋は居なかった。
ずっと、遠くに行ったのかも知れない。
其れ以後の田嶋の消息は解かってはいない。



【jack−o’−lantem】

少し雨が降っている。
路面を気にしながら、古くなったハンドルを握った。
「次は、アララギ―――――」
アナウンスが誰も乗客の居ない車内に響く。
終着駅まで後、参駅を残すだけと成った。
「今日は誰も乗らないみたいだ。」
そう呟いてから、静かに窓の外に視線を移動する。
「次は、伊井山。」
道端に停車している車の数も少なく、死体と、臓物が其処ら中に転がっている。
地面に出来た亀裂にバスのタイヤがはまった。
振動が伝わる。
ゴムが焼け焦げる匂いがする。
抜け出す。
後ろには、黒くなって削られたタイヤの一部が微かに残っていた。
よろよろと歩いていた老婆がバスの前に現れる。
「伊井山、伊井山―――――――――――――――――――――」
停留所を通り過ぎたバスは、其の侭老婆の中へ突っ込んだ。
フロントガラスに飛び散る血液。
タイヤに絡みつく白髪とか、臓物とか、細かい骨。
ワイパーを動かして其れを左右に振り分ける。
「次は―――」
炎上した車が立ちふさがる。
其れを潰しながらアクセルを踏む。
「南寺尾五丁目」
バス停で死んだまま立っている女の横に止まる。
ボタンを押す。
開いたドアから女の顔が見えた。
其れでも動かない女を尻目にドアを閉める。
発車、オーライ。
老婆の髪は未だこびり付いている。
エンジンオイルが垂れているのかもしれない。
血液がたまっている道路を前へ。
ひたすら前へ。
誰も乗っていない車両を動かす。
亀裂は道路中に広がる。
音だけを発する。
「本日は当車を御利用いたたぎ有難う御座いました。」
アナウンスが何時もと変わらない声で響いている。
「次は、終点平釜駅北口、平釜駅北口――――――――――――――――」
不気味な静寂を保ったままの駅がある。
折り返し運転することになっていた。
乗客は乗ってくるだろうか。
壊れたバスが何台も放置してある中を走らせる。
乗客の居ないバスが静かに止まろうとしている。
ドアが開く。
徐に溜息をつく。
十分ほどで再びドアが閉まる。
アナウンスが流れてバスは走り出した。
「次は――――――――――――――――――――――――」



【coquina】

黒くなった塊が制服を肌にくっつけている。
最大限に達した疲労が限界を超えていく。
古くなった小学校が有る。
グランドの真ん中に開いた穴が見えた。
水分が欲しかった。
道路から出ている湯気が恋しくなった。
此処なら、水が在るかもしれない。
足を向ける。
そっと、入り口のドアを開けた。
生暖かい空気が身体に当たる。
此れから、如何したらいい?
硝子の散乱している廊下を歩く。
足を動かすたびにかしゃかしゃと軽い音がする。
脚の下で硝子の砕ける音がする。
ひんやりとした廊下の角を曲がって奥へ入る。
「其れ以上歩くなっ!」
男の声に反応して瞬時に振り返った。
「床が脆くなっている。落ちて何人も死んだんだよ。」
腕が痛い。
男の声が響く。
誰も居ないせい?
教室が広いせい?
それとも、あたしがオカシイせいだろうか。
「水、とか有ります?」
「十分だよ。」
男は持っていたペットボトルを投げた。
空中を伝わってペットボトルが移動する。
「君にあげるからね、其れ。」
炭酸系なのか。
ボトルの中で液体が泡を作っている。
蓋を開けようとする。
おかしい。
開かない。
其の前に、此れは飲み物なの?
男が笑っている。
「さぁ、いいんだよ。咽喉が渇いているのだろ?」
白髪混じりの髪の毛が風に揺れる。
あたしの前に立って男は相変わらず笑っている。
五感総てが否定する。
危ない、危険、危機だっ!
「如何して飲まないの?僕が口に入れてあげようか?」
少し笑ってボトルを投げつける。
あたしは死なないっ!
死なないっ!
走る。
廊下を、今居た場所から早く移動する為に。
奇声と共に男が追いかけてくる。
前へ。前へ。
下へ。
天井が高くなって床の中へ。
頭が瞬時に判断しようと努める。
衝撃、傷み。
何かが壊れる音。
男は居ない。
誰も居ない。

学校の底を歩く。
穴があちこちに見える。
色々な事がありすぎた、そう思った。
現実がよくわからなくなった。
あのまま、本田達と残ればよかったの?
地面の下に落ちればよかったの?
波に飲まれればよかったの?
さっさと死んじゃえばよかったの?
考える事が多すぎて頭が痛い。
如何すればいいのかわからなかった。
周りには誰も居ない。
かえってほっとした。
咽喉の渇きは頂点を過ぎたせいか気にならない。
歩くのをやめた。
コンクリートに坐る。
何も考えなかった。
時間も気にならなかった。

瞑っていた眼を開ける。
あれから大分時間は過ぎたみたいで、日の光はない。
立ち上がる。
睡眠をとったおかげで少し回復していた。
コンクリート、鉄骨、金属。
周りには此れしかなくって、オナカとか、咽喉とかを満たしてくれそうなものはない。
ビニールが脚に当たる。
落ちているものをそっと掴んだ。
パン?
袋入り。
辺りを見回す。
A斑B斑C斑・・・・・?
給食室だろう。
取り合いず胃に収める。
久しぶりに口にした食べ物は驚くほど早く身体に吸収されていった。
食べる。
考えないで、只、食べる。
生きてやる。
生き抜いてやる。
感情が支配する。
あたしは死なない。
何かがぶつかり合う音が聞こえた。
そっと陰に隠れる。
「誰か、いるのか?」
男の声が響く。
傍に有ったコンクリートの塊を掴む。
「大丈夫か?来なさい。其の出血を止めるのが先決だろう。」
教師だと名乗った男について底を歩く。
男は地震が起こった時から此処に居るらしく、不安定な足場にも相当慣れていた。
「僕のほかにもね、何人かいるんだよ。みんな、大分衰弱しているのが問題なんだ。」
「此処から、出られないんですか?」
「出口は未だ見つかっていない。でももう少ししたら救助隊が来てくれるさ。」
其れを信じて待っているんだと男は笑った。
鉄骨の下を潜る。
教壇らしき物の上を乗り越える。
暫らくしてついた場所で男が止まった。
「仲間を紹介しよう」
反応した人の数は八人。
「みんな僕の学校の関係者なんだよ。」
そう云いながら男は隅の方から薬を出してきた。
「消毒液だ、塗っておいた方が良い。」
瓶を受け取る。
あたしの後ろに座っていた男が紹介を始めた。
「理事長の達山です。」
背が低く、死にそうな声だった。
口から自然と溜息が漏れそうに成る。
「五年、中河。」
「五年、熊野。」
自然と瓶に眼が行く。
「三年、寺井です。」
硝酸・・・・・
「教師の小池です。よろしく。」
硝酸?
「教頭の長月といいます。」
消毒液・・・・・?
鉄の錆びた匂い。
危ない
「六年、岐田」
危険
「二年生、沢口健太」
危機
「紹介遅れました、私、今野です。」
全身が否定する。
此れは消毒液じゃない。
「消毒は結構です。もう血液止まってますから。」
そうですか、と云って今野が瓶をしまう。
此処は何かおかしい。
一人一人に表情が無いと思った。
月光など到底届かない底で横に成る。
寝る事を全身が否定している。
やっぱりおかしい。
死にかかっている達山を心配するものが居ないし、みんな何を待っているのだろう。
救助?
其れでもやっぱり変だ。
あたしの五感が鋭くなる。
脳が回転し始める。
何か、動物の鳴き声が暗闇から聞こえてきた。
反応する者、眠りつづける者、薄ら笑っている者。
鳴き声はどんどん大きくなっていって呻き声へ変わっていった。
起き上がる。
「達山さん?」
そっと近づく。
瀕死の達山はあまりの苦痛に声をあげつづけた。
喘ぎ声が広がる。
「今野さん、何か薬とか、無いんですか?」
「そんな物此処にはない」
少し笑って今野が上を見上げる。
「薬なんてもん、無いんだよ。此処には。あるわけが無いだろう?こんな場所に。」
達山の声が大きくなる。
あたし以外の七人が立ち上がる。
「診てあげよう」
あたしの肩に手が置かれ今野は達山の身体を触り始めた。
六人が輪に成って其れを見ている。
おかしい。
拒否反応が出る。
あたしは此処に居たくない。
背筋が凍ったまま、身体が動かない。
「ダメだな。」
「ようやくか。」
何か云っている。
眼の前で何か起こっている。
「ようやくありつけるなぁ、長かったなぁ。さっきの高校生を食べ損ねたから。」
硝酸・・・
少し後ずさりをする。
此処に居たらいけない。
身体がようやく行動に出る。
上へ。
前へ。
上へ。
誰も追ってこない。
暫く闇の中で何かを齧る音と、笑い声だけが響く。
腕が痛い。
再び開いた傷口から少量の出血。
やめるなっ!
あたしは生きる!
死なない!
頭の上から少量の砂が降ってきた。

眼を開ける。
どうやって抜けてきたんだろう。
如何でもいい。
此処は地上だ。
昨日まで、あたしが這いずり回っていた地上なんだ。
認識できると共に少し実感が湧いた。
戦争だと思った。
きっと地下の彼らも生き残りたかったんだろうと思った。
死ぬのをかたくなに拒みつづけている結果だったんだろう。
何処に行っても同じような生き残り戦争があって其処で何人もの犠牲者の上に生存者が坐っている。―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あたしは生き残れるのだろうか。
――――――
再び歩く。
何も無い通り。
何時もと同じ光景。
破片、がらくた、塵―――――――――――――――――――――――――
其の一部に成ってしまった人間も数多いだろう。
大分高いところまで上ってきたらしく、田嶋と別れた国道が少し遠くに見えた。
風が強い。
セントラル・第一マンションの崩壊の跡地に鳥が群がっている。
海は大分遠くに成っていて、動きは全く見えない。
あのどす黒い雲は全くなくなっていて空が健康な色をしていた。
日の光がマンホールの無くなった下水道の中を照らしている。
太陽を無くして狂ってしまった人間は今ごろどうしているだろう。
如何でもいい。
他人に配慮している時間が無かった。
感情だけで行動しなければ生きれないことが此れからも有るだろうと思った。

通りに出た。
路の真ん中で焦げた後のあるマンホール
猫の死体
砂利とコンクリートの混ざった路
つまらない音
子供の泣き声
熱い空気

赤い動くもの―――――――――――――――――――――――――――――――――
息が詰まる。
肺が受け付けない。
何が起こっている?
冷静に成れよと云う田嶋の声が聞こえる。
此処に田嶋は居ない。
本田が笑う。
あたしは独りなんだ。
落ち着け、状況を整理しているヒマは無い。
遠くへ。
相当な量の煙が見える。
周りが総て熱い。
炎が近いと思った。
走る。
ビルが多い。
電線が絡まっている。
息が上がる。
あたしは何をしているのだろう。
倒れかかったビルから声が漏れている。
其の横を通ながら冷静を保った。
声が頭の中で響く。
真治の手が肩を掴む。
振り返っても何も無い道の真ん中で止まった。
塵とか、埃とかを大量に含んでいる大気の中を蝶が飛ぶ。
少し上がる。
惨めにも地面に着地した蝶を崩れたコンクリートの塊が押しつぶした。
翅に附いていたリンプンが上昇気流に乗って蝶は消えた。
其のすぐ横にしゃがみ込んだ。
地面とコンクリートに僅かに附着している液体を指先でそっと撫でた。
眼の奥に焼き付いている肢体の映像を記憶として残した。
どす黒い雲の下で、別の蝶が前を横切っていった。
其の雲に同化していくものを見た。
火事の煙だろうと思った。
脚が自然と動いた。
予想を越えて火の勢いは強かった。
風上へ。
筋肉が解れるまで、風上へ。
そう思った。
高台に在る住宅街の中を目指した。
子供の名を呼ぶ母親。
親を探しながら泣きつづけ、息絶える子供。
煙を吸い込んで死ぬ老人。
感情が高ぶる。
あたしは死なない。
目線が光景をダイレクトに脳に映像を送る。
あたしは、死なない。
瓦が飛んでくる。
コンクリートが焦げる。
真治の名前を叫んだ。
あたしは死なない。
地面に転がっていた男を避ける。
男の手が脚に届く。
身体が傾いて、地面にぶつかった。
マンホールを塞いでいた男が歯の無くなった顔で助けを求めてきた。
次第に弱まっていく脚に掛かる圧力と男の息の根。
声が出なかった。
必死に助かろうとした。
男を殺した。
そうだよ。
人間なんて、たった其れだけの為に生きているのかもしれないね。
そうだ―――すぐ、傍に落ちていた――コンクリートで殴りつけた―――焦げていた――男の頭を――力いっぱい、殴った―――血が飛び散った――男は――――脳味噌を――露出させて――惨めに死んだ。
脚を引きずった。
男の爪が食い込んでいた跡が見えた。
あたしは、死なない。
再び立ち上がった。
振り返った。
男の死体は火だるまに成っていた。
あたしは死なない――――――――――――――――――――――――――――――――



【representation】

エリア壱拾伍


遠くで街の一部が揺れた。

遠近感が麻痺した頭とふらつく足で歩く。

此処は何処だろう。

頭の中で鳥が鳴いた。

遠くから声が聞こえる。

真治が笑う。

眼の前が少し開けて崩れかかったビルがあたしを覆う。

手を伸ばす。

何を掴む?

感触は、無い。

倒れてきた電信柱が前にあったアメ車を潰した。

上へと続く坂を上っていく。

垣間見た光景の中に一瞬電撃が走る。

転がっている圧死体

ガラスの飛び散った道路に細い血液の河

笑いながら少し遠くなった距離

掴むべきものは無い。

居なくなってしまった鳥

頭の中でまた鳥の声がした。

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