RC・エリア
長編  
著作者:LB   著作者の作品一覧へ   ホームへ


[あらすじ]
RC・エリア
コンクリートの立ち並ぶそこは、タダの廃墟になった。
信じられるのは・・・
痛み。そうだね。
あたしはそこへと行けばいい。
RC・エリア
【rain−abuse−on】

教室は熱い。
黒板からチョークの粉が舞う。
女の声が響く。
何時もの通り、何やってるのとか、真面目にやって―――――とか。
男子たちの騒ぐ声が一瞬消えた。
窓の外では、張り切った体育教師が何か叫んでいる。
他にする事は、無い。
あたしの前に座っている川原はさっきから動かない。
近づいてくる女教師に反応してやっと意識を取り戻した。
「もぅ、真面目にやってって云ってるでしょ?」
男子たちは再び声をあげ始める。
如何でもいい。
する事の無い教室では、女教師の説教だけが続く。
気分が悪い。
何か、こう、死んだ魚がつまっているとかそういう感じがした。
どす黒い雲が大きくなっている。
「取りも直さず、って奴だよな。」
男子たちの笑い声が広がって、女教師が泣き崩れた。
つまらないことは、やめたほうがいい。
少し振動を感じる。
頭が痛い。
何かを予知したのか、鳥の群が遠くなる。
「地震だよ。」
川原が口を開いた。
強くなる揺れにざわめきの音が加わる。
崩れ始める天井。
咄嗟に頭を覆う。
眼の前でちゃんと機能していたものが無くなる。

身体が痛い。
全身が何かに叩きつけられたような痛みが残る。
動けない。
川原は?
声がする。
反応して少し動いた。
眼を開ける。
あたしの前に広がっているのが何かよくわからなかった。
コンクリートの山。
赤い河。
音。
此処は何処?
再び眼を瞑る。
深呼吸。
塵とか埃とかを大量に含んだ酸素が肺の深層部にまで達する。
眼を開ける。
コンクリートの山
赤い河

立ち上がった。
あたしの周りでもようやく何人かが立ち上がって何か云い合っている。

「宮山・・・」

下を見る。
隣に座っていたクラスメートの三守だった。
「待って、今、助けるから。」
瓦礫をどける。
下半身がすっぽりとコンクリートの下敷きになっていた。
あたしに助けられるのだろうか。
少しづつ瓦礫をどける。
膝が見える。
二十分くらいかかってようやく瓦礫は無くなった。
泣きながら三守は足を抑えている。
「俺、また歩けるようになるよなぁぁぁ、此の侭なんて事、ねぇよな。」
三守の抑えている足は関節が逆に曲がり、膝下から真っ白い骨が見えていた。
大量の血液が三守の周りに溜まっている。
体育の授業に携わっていた教師が大声で呼ぶ。
頭が痛い。
声が響く。
取り合図、三守の出血を止める為に体育教師の方へ行く。
足場が悪い。
不安定なコンクリートの上を歩く。
見えるのは血液とか人間の身体の一部。
千切れていたり、見えないところで繋がっているのかもしれない身体のパーツ。
気分が悪い。
死んだ魚がはねるような感触。
溜息が口から零れる。
川原は居ない。
教師は笑っている。
俺たちだけでも助かってよかったよ――――――――
ヨカッタ――――――――
オーバーロード。
身体が軋みだしている。
必要なものは一つでいい。
たった、一つだけで良い。
最大限に乾いた身体を引きずる。
環境に適応できない。
何が出来るだろう。
何かを掴み損ねた気がする。
あたしは誰?
「宮山・・・」
また、誰かがあたしに助けを求めてる?
上手く掴めない。
あたしだって人間なんだよ―――――――――――――――――――――
衝撃。
衝撃
川原

イタミ

サイド
頭が痛い。

眼を開いた。
海岸を歩いてきた?
どうしてこんなもの見るんだろう。
何人も死んだ。
地面の割れ目とか、波の間とか、色んなところに消えていった。
如何してこんな事になったんだろう。
あたしは何を見ているんだろう。
「大丈夫?」
川原。
「飯島もいるから」
何も聞こえない
何も聞きたくない
どうせ聞くなら自分の耳で聞きたい。
何か音が聞こえた。

困惑していたあたしに見えたものは
海とか、高速道路下とか、あたしに何も関係ないことだった。
やっと状況を消化して、少し落ち着いた。
あたしの他に川原、飯島、杏子、体育教師、志水、岡崎、後の六人は知らない。
怪我人はもっと大勢居た。
女教師もいた。
三守は死んだんだよ、と体育教師が言放った。
此処から何とか出たいと思った。
水も食料も足りないと思った。
動ける者たちが毎日少しずつ調達しているんだよと飯島は云った。
あたしのように困惑したり、完全に狂ったものも何人かいたようだった。
立ち上がる。
少しだけ形跡を残した廃屋
臓物の散らかった校庭
乾いて黒く沁みになった血液の河
三日前に見えなかった多くの情報が入る。
海岸を歩いていたのはあたしじゃない。
この状況が多くを物語っている。
岡崎が水を分配している。
歩く
前へ進む
体育教師が指示をしている。
「いいかぁっ!此処で気合を入れるんだよっ!みんな、死にたくないだろう!」
川原と飯島について校庭を横切った。
罅の入ったアスファルトの上を歩く。
十八に成った身体を機能させた。
考える事が多すぎる。
昔とか、今とか、此れからとか―――――――――――――――――――――――――――
つまらない約束はしたくない。
「試されてる気がするよな。」
川原の背中が少し揺れる。
「この世界で、何時まで正常で居られるかって。」
笑う。
時に相反する行動をする。
何でも、いい。
飯島は少し疲れている。
多分精神が限界なんだろうと思った。
あたしが歩いている、まさにこの下には何が在るんだろう。
三守のような人間がどれ位居るだろう。
疑問だけが尽きない。
答えはない。
「逃げよう・・・」
飯島が立ち止まる。
「もう、ダメなんだよ・・・此処は棄てて何処かへ行こう・・・俺達未だ生きてるんだぜ!」
川原が止まる。
何処へ行っても同じだと口が動く。
走り出す飯島。
御前らを殺してやる
殺す
死刑だ
罰だ
十字架だ
判らない。
発狂した?
あたしは?
如何したら良い?
何が正しくて、何が間違いで、何が正常なのか。
腕に爪が食い込む。
あたしの眼の中に飯島が入る。
大きくなる。
腕が引っ張られる。
足を動かす。
此処から、如何したら良い?
あたしは何を考えて生きてきたんだろう。
つまらないことばかりだった。
テクノロジーの進化にいかに順応するかが焦点だった。
自然愛護を云いながら何もしなかった。
個性を消した。
中に入った。
目立たなくする事に体力と知力を使った。
人間と人間と人間と―――――――――――――――――――――――――――――――――
いくら云っても足りないくらいの複雑な関係だけが足枷のように絡んでいた。
其れが今は如何?
あたしは、只走っている。
生を繋ぐ為だけに、走っている。
立った二人しか廻りに居ない世界の中で生きることを望んでいる。
其れから―――――――――――――――――――――――――――――――
「オマエ、大丈夫か?」
そう、此処には川原しか居ない。
飯島は居ない。
「食料の確保が先決だよな。」
飯島は?
大丈夫だと云う声。
ダメだよ。
色んな事が悲しい。
戻ろうと云う川原の声を聴きながら歩いた。
調達できたのは主に穀物で包装もしっかりされていた。
あたしの腕の中に入っている。
こんなものいくら有ったって足りないんだろうと思った。
「そろそろ限界なのか・・・」
「何が?」
「日に日に調達の量が減ってるって事だよ。」
溜息が漏れる。
あたしたちは死ぬのだろうか。
此の侭消えていくだけなのか分からない。
人の影が見える。
体育教師が手を振っている。

「此の侭じゃ、まずいよ。」
隣りで穀物を口にしながら杏子が呟いている。
「俺たち、死ぬのか?」
岡崎の手が僅かに震えた。
体育教師は人一倍穀物を胃におさめて満足げに笑っている。
「ところで、飯島は何処まで行ってんだろうな。」
「あいつは居なくなったよ。其れに、もう此処には戻らない。」
「あいつは、チーム・ワークってやつが全く無いな。協調性に欠けている!」
あんただって人の事云えないじゃない。
食料を調達してるのあたしたちだって。
「此の侭だと食料が無くなるのも時間の問題よ。」
うつむいたまま杏子が溜息をつく。
そしたらあたし達死ぬのかもね。

次の日になっても生活は何も変わらなくって依然として向上とは逆の方向へ進んでいた。
会話が少なくなる。
笑いが無くなる。
精神が冒される。
あたしの周りに居た名前が分からない六人と別々に行動する事になった。
結局飯島が居なくなって川原、杏子、体育教師、志水、岡崎この五人だけが残った。
疑心暗鬼。
みんな疑い合っている。
『次に裏切るのは誰か』
其れだけを考えている。
カリカルチュアにもならない。
「此の侭だと、食料は後三日でつきるよ。節約すべきでしょ。」
「御前らの調達が悪いんだよっ!もっとしっかり集めてこい!」
「あんた、働いて無いじゃん、だったら喰うなよ。」
あたしの言葉に反応して体育教師が立ち上がる。
「事実でしょ?協調性?いい加減な事ばっかり云う前に行動で示したら?」
「オマエは未だ分かってないようだな。」
襟に手がかかる。
何もしていない、泥とか、塵とか、埃とかの附いていない手があたしの襟を掴む。
だから何?
濁った眼が一瞬大きくなる。
声が聞こえる。
血液が飛び散る。
口から。
鼻から。
眼から。
声が悲鳴に変わる。
倒れる。
地面に少し近くなる。
倒れると同時に鼻の骨が砕ける。
ぐしゃと云う音と共に動かなくなった。
「人殺し」
「人殺し」
体育教師の背中に刺さった刃物を抜きながら志水は呟いている。
「・・・俺、人・・・殺しだよな・・・」
眼の前で体育教師はあっさりと死んだ。
只の肉の塊に成った。
どろどろした赤い液体と汚い脂が浮いている。
其の場から離れる。
頭が痛い。
あたしがあんなこと云ったせいかも知れない。
志水だけが悪いわけじゃない事が暗黙の了解だった。
誰も止めなかった。
誰も助けなかった。
誰もが此れで良いと思った。
一人死ねば、其の分の食料が余る。
其れだけ自分が生き長らえる事はよく分かっていた。
だから誰も何もしなかった。
「俺、人殺したんだよな。」
少し震えながら志水がうつむいている。
「しょうがねぇだろ。かえっていない方が行動取りやすいし。」
下らない会話。
よくある話。
「そうだよ。連帯責任だって。」
あたしはそんな風には思わない。
やっぱりあいつを殺したのはあんたなんだよ。
「ねぇ、あいつ未だ生きてるって事、無いよね。」
杏子が後ろを振り返りながらそう云った。
「仮に生きてても歩けないと思う。」
「おい、あの黒い塊は何だ?」
さっきまで居た場所に大きく動く黒い塊があった。
一つの生き物に見える其れは、何かの集合体のようだった。
「あれ、何か虫みたいなもんだと思うよ。」
岡崎がそう云いながらライターを取り出す。
あたしたちのほうに其れは段々近づいてきてたまに空を舞ったりもしている。
何が在っても驚きもしない。
此処はそう云う場所なのだ。
あたしは生き延びたらいい。
腕に何か感触が在る。
杏子が何か云っている。
虫?
汚らしいゴミタメを這いずっている筈の其れを見て川原は靴で潰した。
走る。
虫から逃げる為に。
喰われない為に。
あらゆる可能性を探りながら走る。
其の間にもその昆虫の羽根とか触覚とか、何か体の一部が当たる。
痛みが走る。
其の昆虫を素手で握り潰した。
生物を潰した汁とか何か中身が手の平にこびりついている。
ビルの中に入った。
死体だらけの其処で、昆虫はようやく身体を離れた。
死体を食い漁る。
吐き気がする。
人間が虫の餌に成っている。
吐き気がする。
川原が部屋を密閉する。
「此処でやらないと次の餌は俺たちだな。」
少し笑って岡崎が其れを手伝っている。
「此れ持ってて。」
あたしに向かって川原が消火器を渡す。
直出せるように準備をする。
杏子は動かない。
其処にあった布で丁寧に隙間を埋める。
虫は食い漁っている。
人間の皮膚から内臓に至るまでを消化している。
動けなくなった杏子を連れて部屋を出る。
歩く。
廊下を歩く。
建物の外へ。
其の後暫くして志水、岡崎、川原が出て来た。
「燃やしてきた。」
岡崎が笑っている。
其の言葉どおりに、建物から煙が排出され始める。
「燃やしてきた。」
空から何か降ってくる。
千切れた翅、肢体、燃えながら落ちてくる昆虫。
志水が殺した体育教師の皮膚を、内臓を、眼ん玉を喰らっていた虫が次々と燃えた。

来た道を戻る。
虫の食い荒らした跡が続く。
つまらない冗談では済まされないような光景が眼に焼きつく。
皮膚が食い破られて筋肉組織が露出した肌。
彼方此方に穴の開いた小腸らしき消化器官。
人間の其れに紛れて転がっている虫の死骸。
吐き気が止まらない。
腕に当たった虫の感触が消えない。
握りつぶした虫の体液だけがカラカラになって手に妙な感覚だけが残っている。
志水が立ち止まる。
「まただ。あれ、見ろよ。」
志水の指した方向に黒く動く塊があった。
走る。
咽喉が痛い。
道に転がっている死体を踏む。
硬い。
ガソリンスタンドの文字が薄らと読み取れる。
川原と岡崎が何かを準備し始める。
「来たらこいつをかけろ。」
消火器が渡される。
冷静すぎて頭が痛い。
如何したら良いかがよく分かる。
あたしはこの昆虫を殺せばいい。
動かなくすれば良い。
ゆっくりと昆虫の方に先を向けた。
黒い塊が再び迫ってくる。
軽い感触。
其れから、何も見えなくなる。
煙が辺りに充満する。
其れから、何も動かなくなる。
誰かがあたしの腕を掴む。
誰かが。
あたしを誘導する。
火が見える。
他には、焼け爛れた虫とか、人間の一部とか、ガソリンの焦げた匂いとか。
酸欠でふらつく。
知らない男が足を掴む。
生き残る為に。
足首をしっかりと掴んでくる。
血液の流れが止まる。
血管が塞がる。
何か云っている。
異常なくらい男は力を込めつづける。
其れを踏み潰した。
男は死んだ。
知らない男はあたしが殺した。



【rain−abuse−on 02】

背中が痛い。
ゆっくりと手を動かす。
状況が把握できない。
志水は?
川原は?
岡崎は?
頭が少し痛い。
過去の事なのか、現在の事なのか、記憶をたどる。
焦りと苛立ちが辺りに充満している。
状況がよく把握できない。
杏子が倒れている。
虫は居ない。
それだけしか解からない。
揺さぶられる感覚。
「起きろよ。」
川原の声が届く。
眼を開ける。
眼の前に川原が居る。
前に杏子が居る。
其の隣りに志水が居る。
岡崎は?
岡崎は?――――――――――――――――――――――――――――――――
「岡崎は?」
「あいつは・・・」
唇をかみながら志水が一点を見つめている。
眼を向ける。
赤茶けた皮膚
生き物の焼ける匂い
其れに混じる鉄錆の匂い
其れを発している岡崎
胸部が僅かに上下している。
生きてるの――――――――――?
「岡崎っ!返事してっ!大丈夫だよ。大丈夫だから―――――」
立ち上がるあたしの肩を志水が掴む。
「嘘は云わないほうが云い。あいつは置いていくしかないんだよ。手当てしても其の分あいつが苦しいだけだ。」
誰も何も云わない。
杏子が少し離れた所に移動している。
吐き気に耐えられなくなったのだろう。
岡崎だと判別のつかないほど焼け爛れた顔を覗く。
直視できない。
まともに見ることが出来ない。
運が悪かったのだと云うしかない。
あたしにできることは何も無い。
段々と弱くなっていく呼吸を黙って聞いているしかない。
川原が立ち上がる。
そっと岡崎に触れる。
「死んだよ」
志水が岡崎に近づいていく。
杏子が声を殺して泣いている。
志水が岡崎の頭の近くに瓶を置いている。
弔いのつもりなのか―――――――――――――
歩き出す
あたしには後ろを振り返る余裕も無い。
只前へ。
焦点は定まっていないが只歩く。
岡崎に何が起こったのかは大体想像がついた。
爆発に巻き込まれた―――其れくらいの事は見当がついた。
反対にそれ以上の事は解からなかった。
誰にも訊くとも出来なかった。
只、事実として岡崎は死んだと云うことに納得するしかない。
其れだけしか出来る事はない。

どの位歩いたのだろうか。
辺りが赤く見えるくらい夕日が照っている。
「これから、どうなるんだろうな。」
久しぶりの在り来たりな会話。
人を殺したり、虫を焼いたりしていてそんなヒマは全く無かった。
気付くのが遅すぎたのか。
それとも気付いていないふりだったのか――――――――――――――――――――
「そんなこと漠然としすぎててわかんない。」
「兎に角、生き残ったのは俺たちだけってことだよな。」
咽喉が渇いている。
こんな状況でも動けば其の分の栄養を身体は求めてくる。
睡眠、食事―――――
人を殺しても、何をしていても生きているのだと云うことを痛感させられる。
この瞬間瞬間が一番そう感じられる。
自分がいつ死んでもおかしくない状況下で、反対に追い詰められる分、そう感じる。
平和すぎると不安、それ以上に不満があるように思える。
<次に生き残るのは誰か>
突きつけられる
<次に消えるのは誰なのか>
押し付けられる
<最後に残るのは―――――?>
其れは其れでいいのかも知れない。
強すぎる運はアダに成るのか
「つかれた」
杏子が崩れたコンクリートに寄りかかっている。
返事が出来ない。
暫く頭を使っていない証拠だと思った。
其の反動で考えが止まらない。
「寝ていいよ。いつ寝れるかなんてわからねぇしな。」
志水の声がする。
あたしは何をしてきたんだろう。
死体を見た。
人を殺した。
そんな事も今はどうでもいいのかもしれない。
何してきたんだろう。
自分の歴史は関係ない。
ほんとに、疲れた。
でも眠くはならない。
「何かあったら起こしてね」
杏子の声が響く。
そう―――――――何かあっても誰も助けてはくれないかもしれない。
自分が生き残ったら誰も助けてはくれない。
つまらない教室とは違う。
此処は戦場なのかもしれない。
どうしようもない。
死ぬかもしれない。
明日、殺されるかもしれない。
もしくは、また地震が起きるかもしれない。
可能性だけ
他には何も無い。
「オマエさ、少し寝たら?」
川原が口を開く。
「何があるかわかんないじゃん」
何時の間にか志水も寝ている。
冷たい風が当たる。
「志水が起きたら寝るから・・・」
少し笑って川原がうなずく。
川原は何を考えているんだろう。
あたしとは違う何かを思っているのか。
それとも同じことを考えているのか。
其れも所詮、可能性に過ぎない。
新月のせいで辺りが暗い。
何か暗闇から音が聞こえる気がした。



【rain−abuse−on 03】

「宮山」
あたしの肩に誰かが触れている?
眼を開ける。
太陽が高い。
川原があたしの前に居る。
疲れた表情の志水が笑っている。
何が可笑しいの?
昨日までの感触が無い。
あの、死んだ魚の蠢く感触が無い。
太陽光が当たっている。
何が違うのか―――――――――――――――――――――
あたしたちは、此れから、如何、したらいいのか―――――――――――――――
「取り合図、何か喰いもん探さねぇとな。オマエ、歩けそう?」
「大丈夫。ワガママ云う気無いから。一緒に探すよ。」
立ち上がる。
足が痛い。
血が、にじんでいる腕を上げる。
怪我したことにさえ気付かなかった。
歩く。
前へ。
止まる。
其の場で。
見る。
下を。
探す。
生きるために。
繰り返す。
食べ物を見つけて、口に運ぶ。
腐っているもの、カビの生えているもの、腐臭を放つもの。
食べれればなんでもいい。
味なんか如何でもいい。
ひたすら食べる。
口へ運ぶ。
かむ。
飲み込む。
こういうのを惨めって云うんだよね。
振り返る。
「志水っ!」
叫ぶ。
金属を振り上げている男が居る。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――っ!」
杏子の声が響く。
傍に転がっている瓶を掴む。
投げつける。
生きるために?
この男たちを殺せばいい。
動かなくするだけで、いい。
投げつける。
立て続けに。
川原が清水を殴った男の落とした金属を拾う。
大丈夫。
相手はたった三人だ。
殺せばいい。
殺せばいいじゃない?
杏子が再び悲鳴を上げている。
「いやぁぁぁぁぁ!やめてぇぇぇぇぇぇぇ――――――――――!」
そんな事をしてる暇は無い。
あたしは殺す。
生きるためには人だって殺す。
追い込まれた状況で思いやり?
そんな筈は無い。
殺される前に、思いやりも心も。
そんなもん、あるわけないじゃない!
判断する。
刹那で総てを決める。
殺しが良い事かどうかなんて―――――――馬鹿げてるよ。
男たちはもう動かない。
細胞が死んでいく。
酸素を取り入れない肺が死んでいく。
脳が死んでいく。
総てが死んでいく。
これでいいのか―――――――――――――
「志水、大丈夫か?」
川原の声が響く。
「や、やめてぇぇぇ―――――」
放心状態の杏子がうずくまっている。
志水の傷口を見る。
処置をする。
頭から血液が滴り落ちている。
足元に溜まる。
志水は死ぬんだろうか。
また、一人居なくなるんだろうか。
あたしはいつまで生きていられるのか。
「志水・・・大丈夫。応急処置だけど、血液は止まったからね。」
優しい言葉をかけてみる。
それは嘘なのか。
全部嘘、なのか?
さっき、人を殺したばっかりじゃない。
あたしは志水に本当の事を云ってるの?
本当は死んでもいいって思っているのか――――――――――――――
そんなハズは無い。
だって志水は仲間だから。
あたしを殺す為に今此処に居るわけじゃない、それに――――――――――――――――――
「お前は少し休んでた方が良い。」
川原の声が届く。
「休んだほうが良い」
川原の判断はいつも適切だと思う。
考えが見透かされたせいか、頭が痛い。
こんなはずじゃなかったのに―――――――――――在り来たりな言葉はいらない。
考えとか総てがマニュアル通りで、其れからあたしがそう思う事すら在り来たり―――普遍すぎる。
「大丈夫。川原こそ休んだほうが良いよ。」
其れでも言葉は出る。
「杏子、平気?」
其れでも流暢に言葉を発する。
こんな状況下でもあの、何も無かった教室と同じくらいの思考が働いている。
其れが人間なんだろうか。
頭が痛い。
雲が少し増えて、そして太陽光が弱くなる。
志水は何も言わない。
杏子が平常心を取り戻している。
川原。
太陽が傾いていく。
何もせず、時間が過ぎる。
色々な事がありすぎた。
人があまりにも多く死んだ。
感覚が完全に麻痺して、いかれて、腐っている。
元に戻らないくらいに。
空が茜に染まる。
コンクリートの上で其れを見る。
ずっと動かない志水。
死んだの?
杏子が動かない。
死んだの?
川原。
死んだの?
そんなわけは無い。
茜が濃くなる。
どんどん赤くなる。
其れから、あたしに見えるのは、鳥。
大きいのかどうかは解からないけど、鳥がはっきり見える。
消えていく。
遠くなっていく。
鳥には自分の仲間が死ぬ事が理解されているのだろうか。
鳥は自分が仲間を殺す可能性があるのを知っているのだろうか。
解からないのだろう。
知らないのだろう。
だから、独りで飛んでいくのかもしれない。
「そろそろ此処も移動しないとやばいな。」
鳥を見ていた川原が立ち上がる。
「志水、杏子、立てるか?」
立ち上がる。
関節とか、筋肉とか、脚は総動員で立ち上がる。
杏子に手を伸ばした。
其れから、あたしのすべきことは解かってるでしょ?
歩く。
前へ。

鉄の上を歩く。
夜のコンクリートは冷たい。
昼間の心地よさを無くした其の上を歩いていく。
暗闇に慣れるまでには時間がかかった。
大分かかった。
何かが居る気配がずっとしていた。
次に死ぬのはあたしかもしれない、と。
其れに慣れるのには時間がかかった。
今は只、其れに一体となるあたしが居る。
志水が何か言っている。
其の前を歩いている川原が少し振り返って笑う。
其れから、あたしも笑う。
そして、杏子も。
志水の怪我は思ったよりも出血が激しくひどい。
このまま―――――――――――――――――――――
このまま生きていられるのだろうか。
相変わらずコンクリートは冷たい。
風に少し砂が混じっている気がした。
海の匂いがする。
近い。
あたしの感覚が疼く。
海が見えるはずだ。
波が聞こえるはずだ。
潮の香りがする。
濃くなっていく。
間違いない。
視界が突然ひらけた。
見えるのは、黒い水、工場の跡、地面に出来た亀裂――――――――――
一体何人の人が死んだのだろう。
此処では何があったのだろう。
波が絶え間なく押し寄せている。
音が鼓膜を叩く。
デジャヴ?
あたしは此処で何があったのか知っている。
此処に居た事がある。
此処で、何人もの人が死んでいったのを見たことがある。
そんな筈は無い?
でも、此処は知っている―――――――――――――間違いない。
轟音と共に水しぶきが少し顔にかかる。
志水が何か言っている。
「もう少し安全な場所にいかねぇとな、此処はまずいだろ」
川原が答えている。
あたしは如何したのだろう。
死んだ魚がつまっている感じがする。
何も云うことが出来ない。
まともな考えすらない。
只、此処は知っている。
「この先に高速道路があるじゃない?其処なら・・・」
杏子。
何処に行っても安全な場所なんか無い。
精神的なものなのだろう。
あたしだけじゃなくみんなそんな事は知っている。
其れでも目的がなければ壊れることもよく、知っている。
海を背にする。
後ろから追いかけてくるのは、波の音、潮風。
ひたすら歩く。
商店街が見える。
あたしは此処も知っている。
血が大量に流れ出している中で男がだらりと両手を伸ばしていたこと。
その男の周りで大量の土が削られていたこと。
這い出そうとしたんだろう、誰かがそう思ったこと。
眼に止まっていた蝿が宙に舞い上がったこと。
「早く行こう。」そう云って誰かが歩き出したこと。
次々と現れる死体と異臭と血の匂いが混ざった中を歩いた。
あたしは此処も知っている。
棒にひっかかっいたものは―――――臓物、髪の毛―――――
気持ちが悪いとか、感覚が狂う、とか。
死んだのは誰だったっけ?
音。
倒れたのは誰だった?
「志水、大丈夫か?頑張れよ、もう少しだから。」
川原の声が聞こえる。
川原が何か云っているのが解かる。
死んだのは誰だったっけ?
頭が痛い。
あたしは此処は知っている。
感情が鈍る。
また、杏子が泣いている。
泣いている。
死んだのは志水。
動かないのも志水。
また、一人死んだ。
言葉が出ない。
「お前さ、なんか云ってやれよな」
「何を云えばいいの?」
川原が云うこともわかる。
確かに川原の云うとおりかもしれない。
それ以上の事は追求されないだろう。
こんなに人が死んで、幻聴とか、もういらない。
葬式も出来ない。
次に死ぬのは誰なのか。
冷静な判断すら出来ない。
「ごめんね。川原が正しいよ。」
杏子が泣いている。
彼女は如何して泣いているのか・・・
志水が死んで悲しいから?
また一人仲間が居なくなったから?
最後に残りたくないから?
死ぬのが恐いから?
それとも―――――――――――――――――――――――――――
「いつまでも此処に居るわけにいかねぇし、進もう」
川原の判断はいつも的確だと思った。



【rain−abuse−on 04】

壊れた高速道路の一部が転がっている。
疲労が頂点に達する。
此処は何処だろう?
足を上げるのが辛い。
何か目的があるわけじゃない。
今までとは違う「生きる」と云う意味。
あたしは此処で生きている。
実感だけが虚しく募る。
杏子は疲労で眠っている。
川原の口から溜息が漏れる。
暗闇の中で虫の鳴き声だけが聞こえている。
「お前も少し寝ておいたほうがいい。」
悪状況の中で普通の男ではなくなった川原が口を開く。
「殆ど寝てないのは川原じゃない?」
あたしに云われて笑う川原。
「俺はいい。もう人が死ぬのは沢山だよ・・・」
風が涼しい。
地震の起こった日から何日が経ったんだろう。
時間とかあたしにはよく考えている暇が無かった。
あたしだけじゃない。
此処には何も無い。
食べ物、飲み物、服、薬、思いやり、涙、時間・・・
何があるのだろう。
立ち止まると頭の中が悲観で満たされる。
満たされないのは何処?
「疲れたな」
川原は何時だって正しい。
「寝てもいいよ。あたしは眠くないから。」
笑う。
笑ってるんじゃないのかもしれない。
何が正しいかなんて此処では重要じゃない。
規範もガイドラインも何も無い。
杏子が眠っている。
川原も眠っている。
あたしは此処で何をしているのだろう。
時間があるだけなのに・・・
今までは何でも良かった。
暇があればDVDを見たり、メィルしたり、買い物に行ったり、誰かとくだらない事で笑ったり出来たのに――――――――――――――――?
今は何も無い。
時間は無いのかもしれない。
只、やる事が無い。
頭の中で空想を膨らませるしかやる事が無い。
後は?
食べる事。歩く事。虫を潰す事。知らない奴を殴る事。そいつを殺すこと。
これだけあればいいの?
風が吹いている。
あたし以外に誰が今起きている?
潮の匂いがする?
潮風がかすかに香っている。
此処で上から色々な物が落ちてきた。
死体とか、目の玉とか、人間のパーツとか。
それからあたしは何処へ行った?
産婦人科?――――――――――母親の血液で生き長らえていたあの子は未だ生きているの?
セントラル第一マンション?――案内人は生きているの?
学校の地下?―――――――――人肉が好きな人たちは生きているの?
死んだよ
乳児は地面の中に落ちていったし、案内人はコンクリートに押し潰されたし、人肉者はお互い殺しあったよ。
如何してあたしはこんな事を知っている?
何時からこんな事を記憶している?
泣きたい。
全部が悲しくってあたしは何故生きてるのか分からなくって。
心臓が痛い。
涙が溢れる。
あたしの眼から頬へそれから地面へ。
「お前、疲れすぎだよ。寝とけ。眠くなくても寝とけよ!」
川原は此処に居る。
「大丈夫じゃないかも。ありがと、寝るわ。」
コンクリートの上に横になる。
体温が少しずつ冷たいコンクリートに染みていく。
このまま起きなくてもいい。
乾燥した目の玉がこっちを凝視している。
眼を瞑る。
川原の泣く声だけが聞こえた。

「おい、大丈夫かよ」
川原はいつも正しい。
「杏子が頭が痛いって。お前は平気?」
潮の匂いがする。
あたしの涙が蒸発しているのかもしれない。
どの位経てば恐怖は消える?
「東京から出よう」
川原の声。
「東海の地震だけならもう救助が着てるはずだよ・・・だから何処に行っても・・・」
「でも地方のほうが被害は少ないと思う。それに余震が起きた時に此処に居たらやばいだろ?」
杏子が頭を抑えている。
あたしも眼が痛い。
「お前、免許持ってるよな?」
「川原も持ってるじゃん?」
潮の匂いはもうしない。
三人の高校生が出来る事はたかが知れている。
見境もなくなっている。
「高速行けるかな・・・」
視界が悪い。
杏子は何も云わない。
ずっと頭を抱えている。
「杏子平気?あたし薬探してくるね。」
「いいの。疲れてるだけだと思う」
眼を閉じたまま杏子が答えた。
歩く
硫黄の匂いが立ち込める。
黄色のガスが音を立てて空を昇っていく。
どの位歩いているのだろう。
高速の入り口が見える。
坂を上がっていく。
「あんたたち何処に行こうってんだよ?」
中年の毛布に包まった女が叫んだ。
「待ちなって!あたしも連れとっとくれよ!」
女の声が後ろに成る。
何かがぶつかる音がする。
「杏子!」
道路に倒れた杏子を揺する。
「その子の代わりにあたしを連れとっとくれ!」
意識が無い。
何も云わず川原が杏子を背負っている。
「ま、まっとくれ」
女が何か云っている。
「あたしゃ、頭が痛いんだよぉぉぉ、眼も見えなくなっちまったんだよぉぉぉ―――――」
女が云っている。
「死にたくない死にたくない死にたくないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
坂を上りきる。
何も無い
確かに死体とか、高級車とかはあるけど。
川原が車にぶつかる。

「代わるよ」
川原は何も云わない。
一台の車に近づく。
川原が少し後ろで杏子を下ろす。
頭が痛い。
眼がさっきよりも悪くなった気がする。
鍵が開いているか確認する。
幸い慕いも無い。
潮の匂いが再びしている。
「杏子、大丈夫?」
ぐったりとして動かない杏子に近づく。
止まった呼吸
体温の低い肌
あたしが感じているのは・・・
頭が痛い。
川原が助手席に坐っている。
あたしがする事なんて・・・
あたしももうすぐ死んでいくのだろうか。
あたしは今まで何のために生きてきた?
川原が眼を瞑っている。
エンジンに刺さったままのキーを廻す。
振動が伝わってエンジンが動く。
杏子は死んだ。
あたしも死ぬのだろうか。
生きた軌跡は?
風が少し冷たい。
ブレーキをゆっくりと放す。
ウインカーが光っている。
風が冷たい。
眼がかすんでいる。
ハンドルを廻す。
あたしはもうすぐ死ぬのだろう。
あたしは・・・
川原は眼を瞑っている。
めんどくさい事とかだるい事とかそんな事でさえも懐かしい。
涙が止まらない。
死ぬ前にしておくべき事が沢山あったはずなのに――――――――――――――
開いていた窓を少し閉める。
川原は眼を瞑っている。
駐車だらけの高速道路を走る。
遺書も遺言も子孫も――――――――――
死ぬ前にしておく事なんて何も無い。
恐いくらい何も無い。
あたしが生きた事も残らない。
これからの時代にあたしはいない。
記憶にも残らない。
このまま―――――――――――――――――――
鳥が飛んでいる。
雲が少し晴れて日が差し込んでいるのが分かる。
誰もいない高速道路を走る。
何処に行けばいいのだろうか。
頭が痛い。
杏子は死んでしまった。
助手席の川原は眼を開けない。
「このままでいいんだよね?」
涙が止まらない。
眼が痛い。
感覚が鈍っている。
指先に痺れが出る。
駐車している車を避ける。
このままでいいんだよね?
前方に青い標識が現れる。
他には何も見えない。
ひどくなっていく頭痛の前にあたしがする事など何も無い。
アクセルを踏む。
強く踏みこむ。
変わらない単調な景色と潮風の匂い。
川原は眼を開けない。
再び開けた窓からの冷たい風が車内に流れ込んでいる。
冷たくなった川原の顔とあたしの手。
抜けていく体温を感じながらしっかりとハンドルを握りなおした。
前方にはまだ太陽の光が差し込んでいる。


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