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[あらすじ]
世界を作るゲーム。それを手に入れた彼女は、自分で作り出した世界の神になった。 |
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世界創造ゲーム《ああああ》
《いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい――》
一瞬、寝てしまったらしい。いまだに増殖を続ける《い》の暴走を止めるために、私はキーボードの《I》から右手中指を離した。パソコンモニターの中の《い》はようやく動きをとめた。だが、すでにモニターは《い》に侵略されつくし、もう何がなんだかわからなくなっている。
私は溜息をついて部屋を見回した。パソコンラックの横に置かれた籠の中では、九官鳥のキュウちゃんが、今までの私同様、木の上で眠りこけている。春の陽気に包まれているのだから、眠たくもなるだろう。
(いいいいいい――そういえば、RPGの主人公に『ああああ』とつけていた友達がいたな。本当に、適当だよね。本当に――)
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。あまり時間がないのだ。マウスを動かしクリックし、《ファイル》の《新規作成》から新しい白紙のページを作り出す。だが、そこからが進まない。何を書いたらいいのか、全くわからないのだ。
私は再度溜息をつき、パソコンラックの下に置かれていた雑誌を見た。
《ジャガンデー小説大賞投稿大募集 賞金壱百萬円》
小説。そう、私は小説家を目指している。漠然と目指しているというだけだ。私が書きたいのは剣と魔法のファンタジーだ。夢や希望がいっぱい詰まった、それでいてスリルとサスペンスのある冒険小説。だが、私は人よりも文章力はないし、人生経験も少ないし、創造力もない。文章力は努力すれば何とかなるだろう。だが、人生経験は一朝一夕で何とかなるものではないし、創造力の増加いたっては、解決法がよくわからない。
「あぁ、もうダメ。明日から頑張ろう」
ジャガンデーをベッドの上に放り投げた。ベッドの低反発に助けられ、落下の音も衝撃も吸収されている。私はインターネットに接続するアプリケーションを起動させた。最初に表示されるのは、私がよく利用する検索エンジンサイトである。このサイトは検索機能のほかに、メール機能があったり、最新のニュースを読めたりと便利なサイトである。私は最初に、ニュース一覧を読むことにした。
「へぇ、島田さんが府知事選に出馬するんだ」
芸能ニュースの詳細を見て、私は感慨深げに頷いた。島田さんというのは、今売れているお笑い芸人で、メイン司会の番組の数も十はある。彼の面白いところは、過去に自分が行った様々な悪行を面白おかしく語るところである。それを綴った本もベストセラーを飾っている。
「事実は小説より奇なり――か」
そんな諺があったことを、ふと思い出した。確かに、実話の中には、物語の中の話よりも面白かったり信じられないことが起こるものである。例えば、昔の有名な漫画に出てくる未来都市。そこに出てくる電話は黒電話が普通に使われていた。コードレス電話や携帯電話といった発想などなかったに違いない。
「魔法とかも、そのうち本当に使えるようになるんじゃないかな」
残念ながら、今の世界では魔法を使うことができない。だが、もし魔法を使うことができるのなら、きっと魔法の世界の小説ももっと簡単に書けるだろう。創造力が必要のないノンフィクションなのだから。
そんなことを考えながら、島田さんの府知事当選も願いつつ、再び元のページに戻った。
「あれ? メール受信してる」
《新着メール一件》の文字がそこにはあった。私はそこにマウスを動かし、中身を見る。
メールの題名はこうであった。
《あなたの世界を作りませんか?》
差出人、ワールドクリエイターズカンパニー
(世界創造者たちの会社?)
見るからに怪しい名前である。スパムメールの一種であろう。だが、その名前に私は自然と惹かれてしまっていた。恐る恐る、マウスを動かした。
カチッ
マウスが音をたて、モニターの中の画面が変わる。
最初に書かれていたのは、《おめでとうございます》の文字であった。
「え? 世界六十億人のなかから、私が選ばれた?」
このメールによると、私はあるゲームソフトの体験者として選ばれたというのだ。そのゲームの名前が、《世界創造(ワールドクリエイト)》。つまり、世界を作ることができるゲームらしい。
「こんなの、応募した覚えないよ」
絶対詐欺だ。いくら考えてもこんな怪しい会社の名前は知らない。ワールドクリエイターズカンパニーと検索してみたが、何も出てこない。何より、こんな抽選に応募した覚えがない。こんな怪しいメールは削除するに限る。そう確信し、メールを削除しようとした、その時であった。
「あれ?」
よく考えたら、応募したことがある。私は雑誌のジャガンデーをベッドから拾い上げた。そして、数ページ捲ると、《世界創造》のゲーム画面と情報がぎっしりと詰まっていた。
そういえば、今朝のニュースでも、このゲームのモニターが百名選ばれ、メールで通知するって報道されていた。そして、これはその当選通知だ。
「うそ! 本当なの? 事実なの?」
信じられなかった。私は世界初の人工知能搭載型のゲーム本体とゲームソフトを同時に手に入れることができるのだ。でも――
「どうして、忘れてたんだろ?」
もしかしたら、若年性痴呆症なのか、などと少し自分が心配になった。
『ダイジョウブ』
目を覚ましたばかりの九官鳥のキュウちゃんが、根拠もない自信で、私を励ましてくれた。
そのゲームが届いたのは、なんと翌日のことであった。
「でかっ!」
まず、そのゲームの第一印象はそんな感じであった。ゲームの本体となるハードはアタッシュケースくらいの大きさである。コントローラーはキーボードが使われた。これで命令を打ち込み、ハードの中に搭載された人工知能が理解し、命令するという仕組みらしい。
生活マニュアル。法律マニュアル。宗教マニュアル。科学発達マニュアル。人格マニュアル。その他いろいろの計二十冊の説明書が段ボール箱の中に詰まっており、一冊一冊の大きさは六法全書並みにある。外に出してみると、四畳半の私の部屋の半分が本で埋め尽くされることに気付いた。昔集めていたぬいぐるみたちが、ベッドの上に追いやられる。
「あぁぁぁ……」
説明書を読む気がない。これを全て理解する頭があるなら、私は弁護士になる道を選ぶ。
ここは一つ、全てを無視しよう。
三本コードの赤、青、黄をテレビにつなぎ、電源を入れた。
《ワールドクリエイターズカンパニー》
会社のロゴマークがテレビに映し出される。
「おぉぉぉっ!」
そして、ゲームは始まった。
ここは、サイローマ。千年の歴史を持つ魔法都市である。宗教は一神教。細かい掟はない。法律はゲーム内で既存のものを使っている。平和モード。
カフェテラスのテーブルの上に腰をかけ、私はそんな世界を眺めていた。
中世ヨーロッパを思わせる建造物の数々。獲れたばかりの新鮮な魚を売り歩く少年。大通りの向こうに広がる大海原。私がこの都市に来て、もう半月になる。ゲーム内の時間の話であるが。
「君も食べる?」
一緒に旅をしてきた女の子が私に尋ねた。逆光で顔がよく見えない。私が頷くと、彼女はパンの欠片をお皿の上において、私の前に差し出した。当然、ゲームの中なので味はわからないが、空腹で死ぬわけには行かない。
「おいしい?」
彼女は私にそういい、繊細な赤子に触れるような手つきで、私を軽く撫でた。
「君は本当におとなしいね。こんなに人になれているリスと会うのは君がはじめてよ」
そう、私はこの世界で、リスの姿をしていた。
《世界創造の掟その五。創造者が世界に姿を見せるときには、人間以外の獣の姿に身をやつさなければならない》
この掟に従い、私はリスの姿をして、そしてこのゲームの主人公であり普通の人間の彼女と一緒に冒険の旅をしていた。
「ねぇ、ウィリアス。原稿料貰ったら、次の旅に出ようか」
彼女は冒険をしながら作家をしていた。そのまま言えば冒険作家である。私とは違って、そこそこ売れている本を書いている。もっとも、その職業も、設定も私が作ったものである。彼女は気付いていないだろうが。だが、もし彼女がそれに気付いたとしたらこの世界は終わる。
《世界創造の掟その壱。主人公は自分のいる世界が普通の世界ではないと気付いてはならない》
《世界創造の掟その弐。もしも主人公がそれに気付いた場合、ゲーム内の時間の一ヶ月以内に主人公を殺し、新たな主人公を創造しなければならない》
《世界創造の掟その参。世界創造の掟その弐が守れなかった場合、創造した世界は崩壊する》
これは、神である私にも変えることのできない掟。だから、私は彼女に自分が人間や神であることを気付かれてはならない。あくまでも、私はリスなのである。
(――神様だよね、私)
試しに、私は神の力を行使することにした。
「じゃ、行こうか、ウィリアス」
彼女は私の名前を呼んで、自分の掌に乗せる。私はそこから器用に腕の登り彼女の胸元のポケットに入り込んだ。
顔を覗かせると、先ほど自分が使っていたお皿を見下ろすことができた。
(さて、神の奇跡が起きるかどうか)
彼女が伝票を持って店員に渡した、そのときであった。
「おめでとうございます!」
店の奥から出てきた店長が拍手してそう叫んだ。そして、店員全員が拍手し、店長が話を続ける。
「御客様は当店開店以来、一千万人目の御客様です」
「え? 本当!?」
彼女は喜んで店長から粗品を受け取る。この街の商店ギルドの金券であった。そして、彼女の食べた朝食セットの代金も無料になった。
「ありがとうございます」
拍手は一般客にまで広がっていた。一部の客が羨望のまなざしでみつめている。きっと、もしかしたら自分が一千万人目の客になれたのではないかと思っているのだろうが、事実は違う。この一千万人目は神の奇跡であり、彼女が選ばれるのは必然なのだ。
(でも、神様の奇跡にしてはセコイわね)
「よろしければ、御名前を聞かせてもらってもよろしいですか?」
店長の当然の一声。それに彼女は当たり前のように答えた。
「私の名前は《ああああ》です」
私の中で、罪悪感が溜まった。
「ラッキーね、ウィリアス。あとでナッツ買ってあげるわ。あと、魔法の杖と新しい万年筆も、あ、原稿用紙も残り少なかったんだった」
私が彼女を見上げると、彼女《ああああ》は笑顔で私に話しかけてきた。
どうして、こんな名前を彼女につけてしまったのだろう。早くゲームを遊び勝ったからだろうか。それとも、友達のRPGキャラの名前に《ああああ》が使われることが多かったからだろうか。だが、彼女はそれを全く気にしていない。気にしないように彼女の記憶を操作しているのだ。
《世界創造の掟その七。神は主人公を含め、全ての人の記憶・意識を操作できる。だが、世界創造の掟その壱を破った場合、世界の異常性に関する記憶・意識を操作することはできない》
つまり、彼女にここが作られた世界だと気付かれなければ、全ての記憶や意識の操作ができるということである。そのことを気付かれた場合でも、そのことに関すること以外は変えることができるらしい。
彼女の名前を変えてあげたいのだが、名前を変えることのできる方法が、どのマニュアルのどこに記されているのか。探すのだけで一日が終わりそうである。
「じゃあ、まずはナッツから買うわね」
《じゃあ、まずはナッツから買うわね》
テレビから聞こえてくる声を聞いてから、私はデータをセーブした。
『おなかすいた』
九官鳥のキュウちゃんが、そんなことを言い出した。ナッツという言葉に反応したのだろう。そういえば、そろそろ夕食の時間である。今日のゲームはこれくらいにしよう。人工知能には、次回は楽しい場所からスタートという命令をしておき、それまでは世界を自動に動かすように命令した。
「さてと――」
部屋一面にちらかったマニュアルを見て、私は溜息がついた。ぬいぐるみに占領されたベッドを見て、このままでは寝られないことを再認識する。
「片付けないとね」
ついでに、《ああああ》の名前を変える方法でも探そうかな。
名前を変える方法はなぜか見つからなかった。
翌日、物語はいきなり佳境を迎えていた。サイローマを旅立って一ヶ月と三日。通りかかった村がフェルザンの魔術の実験により壊滅状態に陥りそうになり、それを防ぐため、《ああああ》がフェルザンのすんでいる小屋に攻め入った。私を連れて行くのは危険だと《ああああ》においていかれたのだが、主人である彼女が心配で、こっそり後をついていった。
以上、現在までのあらすじ。
そして、今いる場所は狭い部屋である。部屋の大半は魔道書(たぶん)に埋め尽くされ足の踏み場もほとんどない。灯りは窓から差し込んでいる日光のみ。
その部屋には二人の人物がいた。
一人は《ああああ》。青いマントとなめし革の鎧を来ている。もう一人は、黒いローブで身を纏った初老の男。顎鬚が伸びている。
「見つけたわよ、悪の魔道師――フェルザン!」
彼女が魔法の杖を構えて叫ぶ。私は小屋の梁の上から、その光景を見ていた。
「アンズ村を守るため戦います」
「旅の傭兵か」
「いえ、ただの物書きです。ですが、路銀を落として、依頼寮をもらいに、仕方なくいやいや戦いに来ました」
うっ、そうだったの。私の見ていないうちにそんなことになっていたなんて。そんなことはあらすじには書かれていなかったので、全く知らなかった。
自信満々にいう彼女に、フェルザンは少し呆けていた。
(彼女を助けるべきだろうか)
いや、これはゲームなのだ。それならば、彼女に面白い展開になってもらうことを期待しよう。そうすれば、私も面白い小説を書けるような気がするし、彼女自身も面白い冒険談が書けるだろう。
「昨年度サイローマ出版にて一万部もの本を出版した冒険小説家《ああああ》行きます!」
そう叫ぶと同時に彼女の杖に炎が収束した。魔術だ。
炎が迸りフェルザンに降り注いだ。
「決まったっ!」
彼女の言うとおり、私も見事に決まったと思う。
だが、そうではなかった。
「やれやれ、服が燃えてしまいましたよ」
煙の中から、声が聞こえてきた。
「うそっ!」
驚いたのは、彼が無事だっただけではない。その姿に驚いたのだ。煙の中から現れたのは、若い銀髪の男性であった。
(好みのタイプかも)
男の顔にはシワ一つない。では、先ほどまでの姿は何なのだろう。
「それが、不老不死の秘法なの? 噂通りということかしら」
「ええ、その通りですよ。貴方の噂も聞いたことがあります。それに、貴方の書いた本も持っていますよ。この年だと、貴方のような方が描く冒険談が数少ない楽しみでね」
よく見ると、魔道書の中に、小説も数多くあった。その中には、彼女が描いたものもある。
「ふざけたこといわないで! その若さを保つために、何百人の人を殺したの!」
「失礼な方ですね。この若さを保つために人の命は必要ありませんよ。私が知りたかったのはもっと別のこと。この世界の神について」
「神?」
「そうです。この世界を作ったのは誰なのか。どうして、我々は存在するのか。人は死んだらどうなるのか。そして、神はいるのだろうか」
はい、ここにいます。
そんなことはここで言えるはずはないので、心の中で宣言しておく。
「そう。でも、それで何がわかったの?」
「何もわかりません。死んだ人は通常では何が合っても動きませんでした。死霊使いの秘術を用いて動かしても、死んだ後の魂の行方は全くわかりませんでした」
「じゃあ、あなたを殺してあげる。それなら、どうなるのかわかるでしょ」
彼女が再度杖を構えた。そして、火炎が収束する。
「遅いですよ」
男はどこからか銀の杖を取り出した。そして、ものすごいスピードでものすごい熱量を帯びた火炎が収束する。
「あなたも、私の実験材料になってもらいますよ!」
(あぶないっ!)
私は思わず梁からとびおりた。フェルザンの腕めがけて。
そして、噛み付いた。
「何だ、この鼠わ!」
フェルザンが私を振りほどこうとした。その時、収束していた炎も消えうせる。
(鼠じゃなくて、リスよ)
だが、どちらにしても無力には違いがない。フェルザンの力によって、私はやすやすと飛ばされた。散らばった書物の上に打ち付けられる。
「何っ!」
そこを、《ああああ》が放った炎が襲った。
これが、人々を苦しめたフェルザンの最後だ。
「ウィリアス! どうしてここに」
彼女が私に駆け寄る。
私は振り向いて、彼女をみつめた。
(よかった、無事のようね)
そう思ったとき、彼女は私の上に倒れこんだ。
(彼女に潰される!)
だが、私は潰されなかった。ただ、視界が暗闇に覆われる。
そして、聞こえてきたのは――彼女の悲鳴であった。
(どういうこと!)
私は彼女の下から這い出した。
そして、全てを理解した。
彼女の背中が焼け焦げている。
「やれやれ、鼠を狙ったのだが、まさかこんな結果になるとはね」
こいつが、彼女を襲った。私を守るため、彼女は攻撃を受けた。
私の堪忍袋の緒がそこでぷちんと弾け飛んだ。
「神の力、見せてあげるわ」
私はそういった。リスの姿で。そう言うと同時に、《ああああ》の傷も衣服も全て元通りになる。だが、あの痛みだ。しばらく目を覚まさないだろう。
「よかったわね、フェルザン。神の力を見ることができて」
フェルザンは何も理解していない様子だ。焦げた髪が床に落ちて灰となった。
「じゃあ、今度は死んだらそうなるか教えてあげるわ!」
私は右前足を彼に向けた。
「ここは私が作ったゲームなの。だから、あなたは死んだら何も残らないわ」
私は微笑んだ。
「嘘だ」
フェルザンはそれを否定する。顔には恐怖が浮かんでいた。
「嘘だぁぁぁっ! こんな、ネズミに――」
そして、フェルザンは死んでしまった。
いや、死と呼べるものではないだろう。彼はこの世界から消えたのだ。文字通り、跡形もなく。
「だから、ネズミじゃなくてリスだって」
私は笑って言った。
あとは《ああああ》にどんな記憶を植えつけるか。
そう思って、後ろを向いたとき、私は彼女の双眸を見つめてしまった。
「ウィリアスが――神様」
彼女はきょとんとした顔で、私をみつめた。と同時に世界崩壊まで一ヶ月を切った。
彼女はこの世界の謎の断片を知ってしまった。いや、私が教えてしまったのだ。
「あ……その」
「あの、できれば全部教えてください。私、黙ってますから」
彼女が私に頼んだ。
そして、私は彼女に全て教えるしかなかった。
ここがゲームということだけは伏せておく。
「――つまり、私が一ヶ月以内に死なないと、世界は崩壊するんですね」
「うん。ごめん」
「謝ってすむ問題ではないと思います。そもそも、謝る必要すらありません。だって、あなたがいなければ、私は生まれていないんですから。それと、お願いがあるんです。一ヶ月間でしたいことがあるんです」
「できることなら、何でも」
「私が生きた証を、神様の世界で残して欲しいんです。私の生涯を綴った物語を。死んだら何も残らないなんて、寂しいですから」
死んだら何も残らない。さっき、私がフェルゼンにいったことだ。
「怖く――ないの?」
私は彼女に尋ねた。死ぬことが怖くない人間などいない。私はそう思っていた。
「怖い?」
彼女は少し考えてそう呟くと、しばらく考え込んでから答えた。
「怖いですよ。でも、仕方ないんですよね。神様だって、どうにもできないんでしょ」
「うん」
「私が死ななかったらこの世界が滅ぶんです。そうしたら、私も死ぬんでしょ」
彼女は、黒く焦げたフェルザンの書物を持ち上げてそう呟いた。
「誰でも死ぬのは怖いです。フェルザンも、私も。でも、だからこそ同じ思いを他の人に味合わせたくないんです」
私は彼女の笑顔を見て、全て理解した。
彼女は自分の死を受け入れたのだ。受け入れて、それでも何かを残そうとしている。それが、彼女にとっては小説なのだ。
「私も、現実を受け入れないといけないのかもしれないわね」
私は彼女の手から崩れ落ちていく書物を見て、そう呟いた。
「え? どういうことですか?」
「ううん、こっちのこと」
私は立ち上がった。テレビの中では、《ああああ》が小説を執筆している。原稿用紙とペンは彼女が持っていたもの。資料と綺麗な机と椅子は私が神の奇跡で用意した。
「私も、自分の生涯を綴った小説を書こうと思う。この小説、神様残してくれるかな」
『ダイジョウブ』
籠の中で九官鳥のキュウちゃんが言った。
「ありがと」
それから、二十日後。
《ああああ》の書いた小説は、私の手元にある。そして、もう一冊の小説も。
考えてみれば、すぐにわかることだった。世界創造の当選通知が私に来たとき、私はそのゲームのことを忘れていたと思っていた。だが、実際は忘れていたのではなく、そのときに植えつけられたのだ。そして、世界創造のゲームがこの家に来たのも、偶然にしてはできすぎている。だが、本当は私はそれに気付いていた。
あの時、パソコンの画面を見たときに。意識では気付かないようになっていたのだが、あれをみたら気付かないわけにはいかないだろう。
「キュウちゃん。この小説、よろしくお願いします」
『わかりました。それと、ごめんなさい』
籠の中でキュウちゃんは小鳥のような小さな声を発し、深々と頭を下げた。
そして、私の生涯も幕を閉じることとなった。
部屋に二つの小説がある。
『ウィリアスとの冒険 作者:ああああ』
『死を受け入れた少女 作者:いいいい』
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