哀歌
ファンタジー小説 シリアス 中世 双子  文字数約2000字
著作者:朱影離留   著作者の作品一覧へ   ホームへ


[あらすじ]
暗殺の仕事を生業としている双子の流水と闇火。―どうか彼らに、哀しい歌を届けて下さい。
哀歌
 いつから道を踏み外してしまったのか、それは誰にも分からない。
 彼ら自身も、どこかいけなかったのか分かりようもないのだ。
 かといって振り返る事も赦されず、ただ真っ直ぐに歩いていくしか――。




「……闇火」
 息を殺して闇夜に溶けきっていた中、至極小さな声で己の名を呼ばれ、闇火は無言で振り返った。
 冷たい銀板で覆われた集合住宅の建物に身体を押し付けていた流水は、闇火と共に<標的>を待ち構えている。本来ならば静かにしていなければいけないのだが、何を思ったのか流水が声を掛けたのだ。
 いつでも標的が顔を見せても良いよう、毒の付いた短剣の柄を握り締めたまま邪魔をされたからかうっすらと殺気を漂わせる兄に気圧されつつ、流水は思っていた事をそのまま吐露した。
「きっと私達……<幸せ>には、なれないね」
 思わぬ一言に、つい闇火は剣を取り落としそうになる。慌ててもう一度強くそれを手にし、眉にしわを寄せて訊き返した。
「どういう事?」
 問われ、流水は苦笑にもなりきれていない笑みを浮かべる。
「人を殺すなんて――一番やっちゃいけない事でしょ?」
「……そう、だね」
 それしか返す言葉が見付からず、闇火は曖昧に首を振るった。
 暗殺者の仕事をしようと持ち掛けたのは、闇火の方だ。
 当初は渋っていた流水も、『それしか生き抜く方法がないなら』と無理に感情を押し殺して仕事をこなしている。
 今では剣を振るう間はちらりとも情けを感じなくなった流水でも、それでも返り血を浴びると途端にがたがたと震えてしまう。
 一度生まれ根付いた傷は、そうそう消えるものではないのだ。
 闇火はそっと流水の頭に手を乗せ、優しく彼女の髪に指を入れて灰色の髪を梳いた。
 引っ掛かる事を知らないそれは、さらさらと彼の指の間を通り過ぎる。
「暗殺は……きつい?」
 けれど流水は、ゆっくりと横に首を動かした。
 そんな事はないと、己自身に言い聞かせるがのごとく。
「そうじゃない。そうじゃないの」
 俯いていた顔を上げ、視線を泳がせながら言葉を探す。
「暗殺がきつい訳じゃない。これしか方法がないならって、諦めてる」
 とっくに、覚悟は決めていたから。
 闇火が――実兄がそう言ってくれたから、流水は躊躇いを覚えながらも付いてきたのだ。
 決してきつい訳ではない。
 ただ――
「暗殺の、せいで……。この仕事のせいで、私達だけ世界からずれてくような気がして……」
 私と闇火だけが、世界から取り残されているような。
 そんな錯覚を覚えて、恐いのだ。
 皆に示された道から、自分達だけが道を踏み外してどんどん遠ざかっているような気がして。
 それがたとえ、ただの幻だとしても。
「恐い、の。私の手が血に染まれば染まるほど、嚆風(コウフウ)から――嚆風の居る場所から、離されてる気がする」
 流水は焦点の合わない兄と同じ濃緑の瞳を彷徨わせ、己を見失ったかのように繰り返す。
 大切だった、その時一番だった想い人の名を呟いて。
「嚆風が居るのはきっと、清々しい空気で満たされてる場所で……。でもきっと、私が死んだ後に行くべき場所は――血に、染められた場所」
 人を殺す事自体が嫌な訳ではない。
 ただ、あの時のように己の手が<返り血>に染まるのが嫌なのだ。
 あの忌まわしい過去が目の前に在る錯覚を覚えてしまうから。
 堪らず声を殺して涙を流し出した流水のそれを懸命に拭い、闇火はぐっと下唇を噛み締めて言った。
「そんなに血が――嫌?」
 流水の首が、こくりと縦に動く。
「……ごめん、なさい」
「謝らなくて良いよ。むしろ『ごめんなさい』を言わなきゃいけないのは、俺の方だからさ」
 ぽろぽろと、流水の目から涙が零れては灰色の地面に落ちる。
 ぽたり、ぽたりと落ちるそれをぼんやり眺めながら、闇火は胸の中で唸った。
 泣かせたくなくて、闇火は暗殺をしようと言ったのだ。
 長年彼らだけで暮らしてきた二人は、剣の腕はそこそこ持ち合わせていた。
 当時はまだどこかで働くには幼すぎ、かといって両親を捜す為に旅をするには金も無く。
 稼ぐには、剣を使った暗殺者しか当てはめる事が出来なかった。
 流水を泣かせない為にと、妹が泣くのが自分にとって一番嫌で、だから彼は仕方なく暗殺の仕事を選んだ。
 それがたとえ、人間として間違っている道だと知ってはいても。
 闇火は泣き止もうとしない――流水は昔からよく泣く子だった――流水の傍らで膝を着き、苦笑して立ち上がった。
「とりあえず、今日は俺だけで仕事してくる。帰ってくる頃までには、宿で泣き止んでいろよ?」
 わざと明るく言ってくれた事に胸を詰まらせながら、流水はこくりと頷いた。
 ぽんと妹の頭に手を置き、闇火は踵を返して標的の許に駆け出した。流水の 知らず知らずの間に、いつの間にか敵は近付いていたらしい。
 流水はぐっと眦を手で擦り、ぽつりとある歌を紡いだ。
 昔から、彼女が寝る時に闇火が歌っていてくれた歌を。
 それが唯一、彼女の知り得る歌の中で哀しみの歌だと知りながら。

著作者:朱影離留   著作者の作品一覧へ   ホームへ
作品の著作権は著作者にあります。無断転載は厳禁です。



  
ホーム>オンライン小説,ネット小説,ウェブ小説,総合の投稿小説空間へ