アルチェと新世界
ファンタジー小説 異世界 魔法  
著作者:冬野ユキ   著作者の作品一覧へ   ホームへ


[あらすじ]
魔法使いの少女「フェリィ」が両親の人生を辿り、徐々に世界の成り立ちと
自分の使命を知っていく物語です。

寂しさ、憧れ、切なさ、無いものねだりなど、自分ではどうすることもできないはがゆ
い感情。最終的にはそれらを乗り越える強さまで表現できたらなと思っています。
アルチェと新世界
 人はその国をベルガと呼び、壊れていった。過酷な労働を課せられ、発狂する者が後を絶たなかった。体は痩せ細り、瞳は翳り、表情は暗く、人々は口々に同じ言葉を呟いた。「アルチェ」。ベルガに対し、今も戦闘を続けるレジスタンスの名称である。

 大戦後、世界はベルガにより統一された。白兵戦を得意とする騎士の国「フェロン」、様々な魔道具を使用する魔法の国「ウィンアーザム」など、大国を次々と壊滅させ、世界を征服するまでに至ったベルガ。銃火器の使用、機械の操縦、急激な工業の発展により世界一の軍隊を築いた彼らは戦争に勝利し、その日より新暦を定め、後の世を新世界と謳ったのである。
ベルガはレジスタンスから度々襲撃に遭うものの被害は小さく、もはやこの独裁体制と人種差別を止めることは誰にも出来なかった。敵が居なくなったベルガはさらに軍を増強し、以前より活発に活動する魔物たちの討伐を試みた。魔物たちはそれに対応するように力を増し、今ではベルガと魔物たちの総力戦となっているが、一致団結することを知らぬ魔物たちは次々と倒れ、その数を減らしつつある。
 
 そして新暦46年、一人の少女が、ベルガの王宮で孤独に戦いを続けていた。






パタン・・・。

 黒衣の少女は本を閉じると、冷たい石造りの天井を見上げ、呟いた。
「亡くした人を・・・想うとき・・・・何故空を見上げてしまうんだろう。・・・・最も切実な想いは・・・涙は地に落ちるのに・・・・・・・。」


 ――――この部屋に窓はない。窓だけでなく、壁も。カビが生えた石床と天井だけが少女を挟み込み、360度、見渡す限り、其処には外の世界が広がっている。左手には浮かぶようにして木製の扉が在る。そこから度々訪れる男に、少女は恐怖を感じていた。


 前方にはウィンアーザムがある。故郷へと続く雄大な空は青く、青く澄んでいる。
 ――――フェリィは目を瞑り、今までの人生を振り返った。
思えば、私の人生には分岐点が無かった。私が辿るべき道にはすでに多くの足跡が在り、私はその最前に立って歩き始める。ただひたすら真っ直ぐに、真っ直ぐに歩いてきた。それでも・・・・・それが私に与えられた役なら、全うしてみせる。そうして続く事が人という種族の強さであると、父から教わったからだ。

 ――――ふわりとそよぐ風が長い黒髪を揺らす。微かに香る若草の匂いが、春の訪れを静かに囁いた。



「・・・居たのですか。」
 いつの間にか扉が開いている。黒衣の男が木製の揺り椅子に座り、金色の目をぎょろつかせながらこちらを見張っていた。全身が泥で薄汚れ、ひび割れた足首には鉄鎖が直接繋いである。鎖の先には鉄球が2つ繋がれていた。
「・・・珍しい・・・今日は随分と気が強い・・・フェリィ・・。」
 まるで背中の後ろから聞こえるような奇妙な声で、男は低く、低くトーンを落としながら囁いた。その声を聞くと、まるで冬を生き抜く栗鼠のように自然と肌が震える。心が凍えそうになる。
「・・新世界を祝うパレードの音が鳴り響いているだろう・・・・・忽然と姿を消してしまったお前のことなど・・・誰も覚えてはいない・・・時の流れが如何に穏やかであろうと・・・お前が生まれてくるまでに流れた時間を否定することは誰にも出来ない・・・これからも歴史は回り続けるだろう・・・お前が生まれてくる前に・・・・何が起きたのか・・その全てを見届ける事がお前の義務だ・・・。」
黒衣の男は土色の硬くひび割れた手を前にかざし、その掌に、うっすらと燃える漆黒の炎を召還した。

 ―――熱い、あんなに暗い炎が何でこんなにも熱いのだろう・・・。これだけ離れているのに、肌が燃えてしまいそうに熱い・・・。フェリィの手に汗が滲み、震えが一層増していった。



 男が使う魔法により、フェリイはずっと歴史を見続けてきた。もう50年以上もずっと。人は戦争を繰り返し、結ばれては裏切り、愚かな行為を愚かとも思わずに、また繰り返す。いつの時代も変わらず、土地や資源を奪い合い、独占し、信仰の些細な違いを大きく捉え、戦争を起こす。国が建ち、滅び、建ち、滅ぶ中、旧暦3578年、フェリイの母、アルチェがこの世に生を受けた。喜ぶべきだろうか。しかし、両親の生い立ちを知ったフェリイの精神は限界に達していた。父と母の悲劇を観るこの毎日には・・・・・もう耐えることが出来ない。両親に降りかかる痛みや恐怖は、何故かフェリイにも同じように与えられる。母と・・・父の記憶が、まるでこの身体と通じているかのように・・・。

「・・・あなたが何をしたいのか・・・まだ私には解らない。・・・でも、見続けるしかないというのなら、見続けてやるわ。・・・そして最後にはあなたの計画を・・・粉々に打ち砕いて見せる。」
 フェリィは蒼く輝く瞳で前を見据えた。唇が震えている。何て情けないんだろう・・・こんなことで精一杯だなんて。
「・・ぐふあは、ぐふっ、ぐふあはあは。」
 その怯えに気付いてか、目の前に座る黒衣の男は下卑た笑いを部屋中に響かせた。愚かな抵抗を嘲笑うかのように。
「時間だ・・・さあ、見ろ・・・・お前が生まれてくるまでに起きた出来事を!!」
 男の掌から邪気が伸び、フェリイの体に絡みつく。大きな力がフェリイの意識を吹き飛ばし、どこかへと連れ去ろうとする。それは死にも似た感覚。肉体から精神が離れる不安定な移動。フェリィは押しつぶされそうな心を抑え、首から提げた紅い宝玉を握り締めた。父と、母の心を受け継いだ証として。


ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ。

 砂が体中にひっついたような、ざらざらとした感覚だけが残った。










 ―――――気がつくと、フェリイは鳥小屋に居た。
(・・・ここは?きゃっ!!)
 自分の口が虫をついばんでいる。意志とは関係無しに体が動く。
(違う・・・私じゃない・・・落ち着かなきゃ・・・。)
 私は鳥の意識の中に入ったんだ。そう確認すると客観的に現状を見ることができた。フェリイの視界にあるのは、汚くワラが撒き散らされた鳥小屋と、人の言葉でごく自然に会話をする白鳩たち。
(これは・・・ジェロの白鳥?)
 魔物は基本的に言語を持たないが、鳥の姿をした魔物の中には一種類だけ、人の言葉を喋ることが出来る種が存在するという。ジェロという男が魔物を訓練し、伝書鳩として使うようになった例外中の例外、ジェロの白鳥である。
(これから・・・一体何を見るんだろう。)
 フェリイの心はまた不安で満たされた。こんなところに独りで、一体何を・・・。

 しばらくすると、人間の声が聞こえた。やはり魔物の声は人間の声と少し違う。感覚で分かる。
「パンタローネ!出番だぞ!!」
 フェリイの意識と共に、鳥の体がぴくんと音を立てた。振り返ると其処には40歳ほどの白髪の男が立っていた。
「待ってたぜ、ジェロ。あんまりに遅えから、うんこが溜まってる人間みてえにイライラしちまったよ。」
(・・・ちょ・・・ちょっとっ・・・・・。) 
 私はこんな言葉遣いしないぞ、とフェリイは自分の口から出た言葉に顔を赤らめ、鳥を少し恨んだ。










                     2-2
 



「全く、面倒くせえ。フェロンからの伝書だ。」
 双眼鏡を片手に舌打ちをしたジェロはパンタローネの足に銀色の筒をくくりつけると、その中にフェロンから受け取った手紙を入れた。
「行き先はどこだよ。」
 とパンタローネ。
「・・・コルトールだ。ベルガが向かってる真っ最中だとよ。」
「先を越せってことだな。簡単じゃねえか。」
「馬鹿言え。ここから何キロあると思ってる。大急ぎでも同着程度だろうよ。・・・全く、戦争だかなんだか知らんが、急ぎの用って時ほどろくなことがねえ。死ぬかも知れねえぞ。」
「別に構わねえって。現状はどうなんだ?ここに居ると外のことが分からなくて困るぜ。」
「ベルガを相手にフェロンとウィンアーザムが手を組んだ。他にもいくつかの国が加わって連合国が結成されちまってるよ。ベルガみたいな危険な国に賛同する輩は居ねえみてえだな。本当に誰かさんの予言どおり、ベルガ対全世界の地獄絵図になっちまったよ。」
「じゃあ、ベルガが負けてすぐに終わるかもしれねえな。」
「さあ、科学の国は強大だからな。遠距離からじゃ太刀打ちできねえし。魔法使いでも居ない限りは苦戦するだろうな。」
「魔法使い・・・?」
「ベルガは今魔法使いを探してるんだってよ。この手紙もそれに関係があることらしいぜ。よくわかんねえがな。」
 ジェロはふけだらけの白髪をぼりぼりと掻き、空を指差した。
「この方向だ。まっすぐ飛んで行け。途中でベルガを見かけても迂回せずに突っ切れ。時間がねえ。」
「了解。相方はペントをつけてくれよ。報酬は雌3匹でいい。」

(・・・・・。)
 飼い主に似て品がないとフェリイは思った。

「さあ、行け。帰って来いよ。」
 ジェロが鳥小屋の扉を開けると、パンタローネは弾丸のような速さで外へ飛び去っていった。

バサササササササササッ!

 パンタローネを追いかけてもう1羽が飛んでいく。フェリイは2羽のスピードに驚き、感じないはずの風の感覚を体に受けたような気がして戸惑った。
(なんて速さ・・・これがジェロの白鳥・・・。それにしても、コルトール・・・・父の故郷へ向かうなんて・・・・・胸騒ぎがする。また戦争が起きているんだわ。父と母が生きているこの時代で。父と母は・・・今何をしているのだろう・・・。あの男が見せる記憶にはばらつきがある。都合のいいように、或いは都合の悪いものを・・・見せないように?わからない・・・嗚呼・・・でも戦争はコルトールへと向かうのだわ。)

 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 ――――雲に溶けこむ2羽の鳩。しばらくすると雲が途切れ途切れになり、驚くほど澄んだ青空が目の前に広がった。
「久しぶりの仕事だな。」
 とパンタローネ。
「ああ。」
 ペント、少し不機嫌そうに答える。
「いいか、パンタローネ、仕事は必ず遂行させるぞ。翼が濡れても速度を落とすなよ。今回はお前が手紙を持つんだからな。」
 ペントは締りのない顔をするパンタローネの背をバシッと叩いた。四代まで続くジェロの白鳥小屋はまだ一度も失敗をしたことがない。二人の背に掛けられた責任は重く、彼らも重々それを承知していた。
 



(・・・わあ・・・きれいだ・・・・・。)
 フェリイはしばし、空からの景色に酔いしれた。どこまでも広がる青空、美しい田園の風景。人が蟻のように小さく、田畑は食パンのように四角い。パンタローネは頭では重要な仕事とわかっていても、口元が自然と緩んでしまった。いつも鳥小屋の中で小さくなって、餌を貰い、同じ場所を飛び、そして寝るだけの生活。こんな風景が見られるのは仕事の時だけだ。自分には翼が生えているというのに、何て矛盾した話だろう。
「飛べない生き物ってのは不憫だな、おい。こんな綺麗なもんが見れねえなんてよ。」
 目を輝かせるパンタローネ。
「黙って飛んでろ。これは仕事だぞ。」
「何だよ、かってえなあ、ペントは・・・ん?・・・何か臭くないか?」
 もうすぐバンガード領域にさしかかろうという時、二人は血と焦げた森の匂いを感じ取った。この山を越えればコルトールはすぐ其処だというのに。
「コルトールへ行くにはバンガードを通過しなきゃいけねえんだよな?」
「そうだ。もしくはペルを通り、山を迂回する道だな。」
「ベルガが通るのをバンガードが簡単に許すわけがねえ。戦闘が始まったんだ。」
「可能性は高い。」
「迂回はしねえぞ。ジェロは突っ切れって言ったんだからな。」
「承知している。」

 2羽はさらにスピードを上げた。
(えっ・・・・駄目っ、そちらへ行っては駄目です・・・)
 
「・・・・・・・何か言ったか?」
「・・何故?」
「誰かに止められた気がしたんだ。第六感ってやつか・・・怖ぇな。」
「何を馬鹿なことを、気を引き締めろ!」

 ひゅんっと2つの影が通り過ぎていく。空を背中に山を越え、視界が広がると一転して黒。森があったはずの場所には焼けた木々が痛々しく立ち並び、その隙間を縫う様にして巨大な虫が蠢くのが見える。

「虫だ!ベルガの虫がいるぞ、ペント。」
「遅かったか・・・。もうここまで来ているなんて・・・。」
「!?見つかったぞ!高度を上げろ!」

ドン!ダダダダダダダダダダダダダッ。

 銃声と共に声が騒がしく飛び交った。
「撃ち落とせええええええ!」
 軍人が叫ぶと虫たちが蠢き、砲弾を放った。激しく響く爆音と銃声。その中を二羽の鳩は紙一重ですり抜けていく。
「何で気付かれたんだ!?」
「ベルガは臆病なほどに細心という噂は本当のようだな。お前の足にくくりつけられた銀の筒に光が反射したんだろう。」
「・・・何だそれ・・・。お、おい、見ろよ。あんなのは見たことがないぞ。またベルガは新機種を造ったらしいな。」
 パンタローネの視線はベルガの機械に釘つけになった。迷彩の塗装、6本の足を持つ蟻型の機械。以前の大戦では4本足の獣型が主流だったはずだ。
「おい!前を見ろ、パンタローネ。来るぞ!」
 さっと翼を翻し、左右に別れて飛ぶ。放たれた球体は二人の中心を通り過ぎて行った。しかし、それは時差で爆発する爆弾であった。
 
バキイイイイイイイン!
 
 乾いた炸裂音と共に後ろから来る爆風が2人を吹き飛ばし、激しく体が揺さぶられる。凄まじい熱が羽毛を焼き、激痛が走った。必死に体勢を立て直す。
「ぐっ、時差型の爆弾か・・・羽が・・。」
 苦悶の表情を浮かべるパンタローネ。狙撃手はすでに次の狙いを定めている。
「くそっ、俺が行くぞ。」
「すまねえっ!!」
 ペントは羽ばたくことをやめ、ものすごい速さで真っ直ぐに突っ込んだ。襲撃に合った場合、片方が戦闘を引き受けることがジェロの白鳥の鉄則であり、その業績の所以なのだ。
「向ってくるぞ。射ち落とすか?」
 銃を構える軍人。
「何を言っている!鳥が一羽来たからって何だ!あっちを狙・・・・いや、何だ?」
 飛来する影が急激に大きくなった。

バシュッ!

 気付いた刹那、軍人の体が宙に舞った。
「こいつら鳥じゃない!変形型の魔物だ!」
 
キェエエエエエエエエエエエエォ。
 
 

 進むに連れてペントの叫び声が段々と小さくなっていった。フェリイは振り返り、ペントの戦いを見ていた。小さくなって、見えなくなるまで。
(何故戻らないの?このまま行ってしまうの?)
「・・・うるせえなあ、何なんださっきから。胸の中に響いてくる変な声はよぉ。」
 パンタローネは振りかえらずに飛んだ。いかにジェロの白鳥といえ、あの人数を相手にしては死ぬだけだ。まして翼の焼けた手負いの状態。泣いている余裕も無い。自分の羽根もコルトールまで持つかどうか・・・血が滴っている。
 
 一際大きな爆音がしても、彼が振り返ることは決してなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 





 薄れていく意識の中、辿り着いた森の中は朝だと言うのに薄暗かった。翼はもう言うことを聞かず、此処がどこであるのかもわからない。
 
タッ、タッ・・・トン・・。
 
 足音がした。兵士たちが追ってきたのか、動物たちが食べに来たのか・・・。どちらにせよ、終わりの時は近いのかもしれない。
 
ザッ。
 
 足音が近くで止まった。
 
 パンタローネは心の中でペントとジェロに謝ると、一筋の涙を流した。
 
(――――お父さん?)
「・・・・・ち・・・・父・・親・・・?」
 パンタローネは薄っすらと目を開け、残り少ない体力を使って首をもたげた。目の前には、眼鏡をかけた大人しそうな少年が立っていた。
「すごい傷・・・動かして平気かな・・・。」
 少年が怯えた手つきでパンタローネを抱き上げた。―――何故だろう。心の奥底が熱くなって、自然と涙が溢れてくる。俺じゃあない。さっきから俺の中に居る誰かが涙を流してるんだ。・・・・・・父親。・・・娘?・・駄・・目だ・・・意識・・・・・が・・・・。
 
 少年の腕の中は温かく、緊張の途切れたパンタローネはそれから数時間気を失ってしまった。少年は鞄から取り出した数少ない自分の小遣いを確かめると、鳥かごを買うために森の外へと歩いて行った。傷ついた鳥と商売道具を抱え、一路コルトールへと向かう。
 
 
 
 
 





                2-1


 ユウノは外れの森で拾った鳥の処遇についてずっと悩んでいた。

 煤で汚れた金髪と襟を揺らし、ブーツをこつこつと鳴らしながら道を歩いていく。大小4種類のバケツと清掃用具を抱え、丸太作りの家が立ち並ぶ村の中をただひたすら歩く。モップの先には鳥かごが括りつけられている。それは少年の小遣いを全てつぎ込んだもの。珍種なのか何なのか、この鳩は異常に体が大きいのだ。おかげで1番高い鳥かごを買う羽目になった。
見晴らしの良い高台に立ち、山に囲まれた広大な盆地「コルトール」を見渡す。この村には動物を診てくれる医者など居やしない。北東に見える山の向こう側には隣村のノンゾがあるが、そこまで行ったところで結果は同じだろう。
 そんな田舎に、今異変が起きている。一つはこの傷ついた鳩。


「ああ・・・・どうしよう。」
 花壇の縁に座り、頭を抱えた。この鳥が負っている火傷は明らかに戦争によるものだ。最近聞こえる小さな太鼓のような音、あれは爆弾の音なのだろうか。もちろん本物の爆弾など見たこともなければ、その爆音を聞いたこともない。大人たちは尋ねても誰も答えず、子供たちから目を逸らし、仕事へいそしんでしまう。だから戦争を知らぬ子供たちも、はっきりとは分からないまでも漠然と、災いの接近を感じずには居られなかった。

 どれだけの人が死ぬんだろう。――――戦いたくない、人を殺すなんて自分には決して出来ない。いつかこの村にまで戦争が広がって、皆が殺されていったとしても、僕はきっと目を閉じて逃げるだろう・・・・・死は、本当に恐ろしいことだから・・・。
「・・・・父さん。」
 ――――今あなたが生きていたら、この村の人たちを守るでしょう。でも僕には、科学の力よりも暴力の方が強いように思えるんです。
 
 ―――答えは返ってこない。想像を頼りに父の顔を空に描いても、いつも、いつでも、その顔は自分には似ていない。

(この子はきっと俺を超える科学者になるさ。)

 死に際にそう言った父は、僕の顔を三日間しか見ることが出来なかったのだという。村を守って死んでいった父と母。永遠に届かない憧れの対象を、僕はたった三日で作ってしまった。まだ言葉も、記憶もはっきりと持たない頃から僕は養父に預けられて育てられた。

 ――――はぁ、考えていてもしょうがないかな。
 少年は立ち上がり、わずかに混じる鉄の匂いに不快感を覚えて鼻をすすった。金色の髪が目にかかると少年の視界は限りなく狭くなり、まだ成長しきっていない未発達な肩に商売道具を抱え込むと、ほとんど前を向くことはない。そのため、少年は人の顔を正面から見ることが少なかった。
 とりあえず鳥かごを置くため、仕事の前に家にもどろうと帰路についた。






 ガチャ、ガチャガチャ・・・。何か音が聞こえる、何だろう?
 ガチャガチャガチャ・・・・・・。
「おい!出せ!」
 ガタン!!持っていた鳥かごが激しく揺れた。
「ちょ、ちょっと、じっとしてなきゃ・・・・・・あれ?」

 ――――鳥が喋った・・・確かに喋った。

 ユウノは飛び上がりそうなくらいにびっくりしたが、唾を飲み込むと恐る恐るかごに被せた布を取った。
「おい、こらああああ!出せって言ってるだろうがっ!!」
「う、うわああ。な、何で・・・。」
「俺は鳥じゃねえよっ、魔物の一種なんだ!はやく村長のところへ連れて行け、フェロンからの手紙があるんだっ!!」
 パンタローネはぼろぼろの羽を振って必死に籠から出ようとした。しばらくは飛べるはずもない、そんなことはわかっているのだが、友の命に応えるためにもじっとしているわけにはいかない。パンタローネは必死だった。
「で、でも、怪我してるんだからじっとしてなきゃ・・・あっ!手紙ってこれかな・・・・。」
 ユウノは荷物を探り、パンタローネの足に取り付けられていた小さな銀の筒を取り出した。パンタローネは自分の足を見てまた騒ぎ出す。
「な、無いっ!おいっ、勝手に取るな!!大事なものなんだ!!」
「で、でもこれ、何も書いてないんだけど・・。」
「お、お、お前読んだのかあああ、それは機密・・・・・・・・・・何?書いてない?」
「・・・うん、ほら。」
 ―――ユウノは銀の筒から一枚の丸められた紙を取り出し、パンタローネの目の前に開いて見せた。
「何でだ・・・ジェロが間違えたのか・・・そんな・・・。お前どこかで落としたんじゃないだろうなあ!!」
「そんなことないよ。これしか入ってなかったんだ・・・あっ!!」
「何だ、何か思い出したか!?」
「いや・・・・・・。」
 ユウノが凝視する方向をパンタローネも見た。見たことの無い不思議な刀を腰に下げ、若い女性が一人、こちらへ歩いてくる。垂らせば相当な長さになるであろう漆黒の髪を上に結い、民族衣装に身を包む若い女性。この村に起きたもう一つの異変が彼女だ。
 十数年ぶりに現れたよそ者は何故か常に帯刀している。一般的に使用されているソードタイプのものと違う、ナイフをそのまま伸ばしたような細い刃物だった。鞘は黒く、つばには紋章のようなものがびっしりと刻まれている。ユウノは思わず身を硬直させた。道端でもいきなり剣を抜く危険な人物だ。小柄でひ弱そうなのに。
 ―――目を合わせずにやり過ごそう。そう思って横を向いた直後、首の後ろから声が聞こえた。
「すみません、お尋ねしたいのですが。」
「!?」
 振り返るとさっきまで遠くに居たはずの女が目の前にいる。ユウノは首をきょろきょろとさせながら混乱する頭を整理した。
「村長の御宅を教えて頂きたいのです。」
「え・・えっと・・あの。」
 思っていたよりもずっと穏やかな声だ。
「ご存知ではありませんか?」
「い、いえ、この道を過ぎて――――――。」
「――――ご丁寧に、ありがとうございます。」
 女は深々と礼をすると落ち着いた足取りで歩いていった。

「・・・お、教えなかった方が良かったかな。アーロンさんに何かあったら僕のせいかも・・・。」
 猫のように低く喉を鳴らし、俺には関係ないと言う顔でパンタローネは呟いた。
「言わなかったら切られてたんじゃないか?あいつ随分と血の匂いが強かったぞ。」
「え、えええ。怖いこと言わないでよ。優しそうな人だったじゃないか。」
「その前に・・・さっさと手紙をどうしたか言わねえと、俺が殺しちまうぞ、おい!」
 何だよもう、助けてあげたじゃないか・・・と泣きそうになるユウノに構わず、パンタローネはくちばしを使って強引に手紙を奪った。
「・・・本当に白紙だな。うん?また誰か来るな。お前と同じような匂いがする。煤臭え。」
「え?・・・・ほんとだ。」
 こちらへ走ってくる影が見えた。名前はレオ、ユウノの義理の弟だ。
「いたいた、探したぞユウノ。また森林学校さぼったろ。・・・・・・その鳥なんだよ、拾ってきたのか?怪我してるじゃねえか。」
 レオは目を丸くし、でっかい鳩だなあと呟いた。
「あ・・・うん。森で拾ったんだ。」
「とにかく学校は来いよ。苛められたら俺が何とかしてやるって。」
「で、でも弟に助けられるなんて・・・そんな。」
「1ヶ月しか違わねえじゃんか。・・・まあいいや、とにかく父ちゃんが探してたぜ。怒ってた。」
「え!何だろ。」
「今日アーロンさんの当番ユウノだろ?」
「あ、やっべ〜。」

「――――――こらあああああああああああああっ、ユウノ!仕事サボって何やってんだっ!!」

 突如、すさまじい怒号が村中に響いた。ギョッとしてその方向を見ると、二メートル以上ある大男が窓から落ちそうなくらいに身を乗り出しながら叫んでいる。いかにも無骨という生やしっぱなしの髭とバンダナのように巻いたタオルのおかげで海賊のような風情。丸太のような腕はげんこつでモップを簡単にへし折ってしまう。村の子供たちから怪獣おじちゃんと呼ばれるユウノの義父、ボンズである。
「あっちゃー、父ちゃんに見つかる前に何とかしようと思ってたのに・・・遅かったか。」
 レオは顔に手を当て、ユウノの肩をぽんと叩いた。恐怖のあまり固まるユウノ。パンタローネも尋常でなくでかい声に身を硬直させた。魔物は大きな声に弱いのだ。
「てめえ、アーロンさんとこの仕事はもう済んでるんだろうなあ!!」
 降りてきたボンズは鬼のような形相でドシドシと近づいて来る。ユウノは背筋の寒くなる思いで愛想笑いをするのがやっとのこと。しかし、そんな冗談が通じる相手ではない。
「また飯抜かれてえのかっ、この馬鹿もんが!」
「す、すいません!今行って来ます!」
(昼飯を没収された)ユウノは大急ぎで得意先の家へと走った。そんな少年の姿を見ていたレオは、目を逸らすとどこか悲しそうな顔で、ふうとため息をついた。ユウノを引き取って依頼十五年間、ボンズがユウノのことを息子と呼んだことは一度もなかった。ユウノもボンズのことを父と呼んだことはない。お互いに大切な存在でありながら、二人の関係は親子と呼べるものではなかった。レオはそんな二人のやりとりを見るのが辛かったのだ。
 
 アーロンさんの家に行ったら、またあの女の人に会うかもしれないな。ユウノは心の中でそう呟き、きれいな人だった、などと能天気なことを思っていた。その出会いが後の戦況に大きな影響を与えることを、誰が予測できただろう。ユウノの身にこれから何が起きるのか。それは誰にも分からないことだった。







                 2-2


「おい、アーロンって言ったら、さっき話してた村長の家じゃないのか?」
 揺れる鳥かごの中でバランスを取りながら尋ねるパンタローネ。
「そうだよ。アーロンさんは足が悪いから掃除が出来ないんだ。週に2回は行くよ。」
「じゃあよ、さっきの女に会うんじゃねーか。また。」
「・・・うーん、でも、そんなに怖い人じゃなかったし。」
「かああ、人間てえのは危険察知能力に欠けてるな。」
 パンタローネはそう言いながら、でもさっき怒鳴っていたあの親父の方が怖いかもな、と思った。
「要らん世話を焼くようだがよ、お前学校に行ってないのか?」
「・・うん、行ってない。」
 少し間を置いて呟いた。
「何でだよ。」
「だって、1日に2時間くらいだし。」
「苛められてんのか?ガツンとやってやりゃいいんだよ、そんな奴らは。」
 翼の先を丸め、パンチのような動きをする。
「・・・そんなこと、出来ないし・・・これ以上、レオに迷惑掛けたくないんだ。」
「何だかよくわからねえなあ。」
「・・・・・この村は少し変わってて、後に生まれた子どもを重宝するんだ。」
「あっちが弟だろ?」
「うん。でも、跡取りは僕なんだ・・・。」
「・・・ん〜、そりゃあ、また随分複雑な話だなあ・・・。」
 ユウノはそれっきり黙ったまま、村長の家目指して走り続けた。

 ほとんど年が変わらぬ二人、どちらを後継者にするのか、ボンズは相当に悩んだらしい。ユウノが跡取りに選ばれたのは、特に仕事が出来るという訳でもなく、やる気があった訳でもなく、ただ単に、ユウノが親友の息子だったからだ。息子を頼むという親友の言葉にボンズは嘘がつけなかったのだ。二人が10歳の頃、跡取りの話が出たときに反論したレオはボンズに怒られ、一晩中泣いて過ごした。それを見ていたユウノは、その時から自分が居ない方が良いと思うようになり、何度か家出をした。自分は生まれてこなかった方が良かったんじゃないかと、思うようになった。


 息を切らして走る先に少し大きな家が見えてきた。この村で唯一違う姓を持つ一家、アーロン家である。


トントン・・・。
「はぁ、はぁっ、遅れてすみませんでした。掃除屋です。」
 息を整え、もう一度扉を叩く。しばらくするとゆっくりと扉が開き、ふっくらとした優しそうな老婆が出迎えた。亡き夫に代わりこの村の村長を務めるジュネ・アーロンである。
「おや、よく来たね。さあ、お入り。」
 ユウノは招き入れられ、慣れた手つきで部屋の掃除を始めた。火の回りを中心に拭き掃除を、床は掃き掃除を。足の悪い老婆の代わりに井戸から水を汲み、台所にある桶を満たす。それがユウノの仕事だ。老婆は料理を作ってくれたようで、客間にあるテーブルにはシチューと様々なパンが並べられている。仕事を終えて客間に案内されたユウノは、飯を抜かれても大丈夫だったな、と香ばしい匂いに心を躍らせた。一方、客間に入った瞬間からパンタローネは寒気を感じていた。目の前に、先ほどの女が座っていたのだ。

「あ・・・こんにちは。」
 パンタローネの言葉を思い出し、少し緊張した声で挨拶をする。すると女はゆっくりと椅子から立ち上がり、深く礼をした。
「先ほどは親切な対応を頂きありがとうございました。私の名前はアイカ・ウォーゼン。この村を危機から救うため、レジスタンスから派遣されました。」
「・・・・え・・・え、いや、そんな、わざわざ立って貰わなくても、そんな、座ってください。」
 相手の礼儀正しさにどぎまぎし、両手を前に出してぶるぶると首を横に振った。
「ほほ、慌てないで、ユウノ。この人はとっても礼儀正しいの。」
 アーロンは可笑しそうにもう一度ほほっと笑った。
「あの・・・レジスタンスって。」
「ええ、この戦争に中立的に参戦する組織です。私たちは特定の国に対してではなく、突発的に始まったこの戦争全体に対して抵抗運動を続けています。目的は戦争を止めること・・・最終的には、ですが。」
「・・・・でも、危機って言ったって、この村を襲う理由なんて・・・。」
「私たちも最初はそう思っていました。ベルガがこの地方に軍隊を派遣したと聞き、隣国のバンガードや貿易が盛んなぺルを標的としているのではないかと。ですが、軍の進行を見ているとどうしても、このコルトールを標的としているとしか思えないのです。」
「・・・でも・・・何で・・・。」
「この村に辿りつくルートは二つあります。一つはペルを過ぎ、ノンゾを経由して山を迂回する道。二つ目はバンガードを過ぎ、緩やかな坂を過ぎて盆地に辿りつく道。ベルガ軍はその2方向から向かってきています。丁度、ここで2つの軍隊の進行が重なるのです。さ、立って話すのも疲れるでしょう。どうぞ座ってください。村長もどうぞ、お座りになってください。先ほどから私ばかりが腰を降ろしています。」
 アイカはユウノとアーロンが椅子に座ったのを確認すると、自分も座り、机の上に肘を乗せて両手を組んだ。
「先ほども村長と話をしていたところなのです。少なからず、近隣国への戦争の訪れは誰もが予感しているはず。それなのに、何故この村は戦闘の準備をしていないのでしょう。5日間滞在して、武器らしいものを一つも見なかった。どう戦略を立ててみても、このままでは敗北を喫してしまいます。逃げる準備さえ整っていないではありませんか。」
「この村の人は、祈ることしか知らないんですよ。」
 穏やかな声で答えるアーロン。
「・・・何故でしょう。」
「この村は魔法使いの従者達が生き残って作ったもの。あなたも知っているでしょう。魔法使いの教えを。」
「知っています・・・しかし、彼らが大戦で人間と敵対したことはご存知のはず・・・何故今でもその教えを。」
「・・・・・憧れ・・だと思います。」
 ユウノが答えた。
「この村の住人は、もちろん僕自身も、魔法使いに対する漠然とした憧れを持っているんです。」
「憧れ・・・?」
「・・・はい、決して理屈では語れない、夢のような力と思想に。」
「・・・それが悪しきものだとしても・・・ですか?」
「・・・悪い、とは思っていないんです。何故か皆信じている。可笑しいかもしれないんですけど・・。」
「・・・・・・そう・・・・ですか・・・。信仰を捨て去ることは・・・単時間では、難しいんでしょうね・・・。」
 アイカは目に涙をため、それきり黙ったままだった。アーロンがハンカチを差し出すも依然辛そうな顔をしたままで、ユウノは何だか落ち着かずに急いで食事を済ませて村長宅を後にした。外はよく澄んだ綺麗な青空で、どうやってもこの日常の崩壊を想像することが出来なかった。






「・・・すみません、取り乱してしまって。」
 アイカは涙を拭うとアーロンにハンカチを返し、軽く手を握った。
「こんな程度のことを取り乱すとは言いませんよ。やはり戦場では、少しでも気が緩んでしまうと駄目なものなのかしら。」
「ええ・・・・殺されます。」
「そう・・・。」
 アイカは椅子から乱暴に立ち上がり、アーロンの目の前に飛び出した。
「あなた達も、このままでは死んでしまうというのに、何故そんなに落ち着いていられるのですか!!」
アイカの瞳から涙が溢れ、一筋の線となって頬を滑る。
「仕方がないの。この村の人たちはずっと、こうやって生きてきたんだもの。このまま歴史の一つになるのだとしても、それが運命だと思っているの。」
「・・・その前に、訪れる恐怖は・・。それを振り払う勇気が子供たちにあると言うのですか・・・。」
「・・・そうね。子供たちには辛い思いをさせたくないわね・・・。」
「では、戦うべきです。これは明らかな侵略、運命ではありません!!」
 アイカは先ほどとは打って変わって鋭い目をアーロンに向けた。アーロンは椅子からゆっくりと立ち上がり、杖をつき重い足取りで扉へ向かった。
「戦わないわけではないのよ。ただ、考え方が違うの。ついて来て。あなたに見せたいものがあるわ。」
 アーロンの招きに応え、アイカは扉の向こう、その部屋の下にある地下室へと入っていった。

「・・・暗いですね。足元は大丈夫ですか?」
「ええ、歩きなれているもの。」
「・・すみません、失礼なことを。」
「あなたは優しい人ね。」
「・・・・。」
「ここよ。」
 階段を下りきると、人の背の高さまでぎっしりと詰まれた本がかび臭い匂いを発し、その存在を主張している。蝋燭の明かりでは少し見えにくかったが、魔法に関する書物のようだ。
「これを見て。」
 アーロンが指差す先、地下室の壁に描かれた魔法陣のような複雑な紋様。唇に指を当て、アイカが尋ねる。
「これは魔法使いが?」
「ええ、そうよ。100年以上前からあるの。」
「何か強大な呪文を封じ込めてある、とか・・・。」
「これは攻撃的な魔法ではなく、私たちへのメッセージなのよ。触れて御覧なさい。」
 ―――アイカは近づき、そっと壁の魔方陣に手を置いた。その瞬間、膨大な量の映像が脳に流れ込み、咄嗟に手を離し、弾き飛ばされるように後ずさった。頭の中に血の匂いが充満している。倒れこみそうになるアイカをアーロンが支えた。
「大丈夫?」
「・・・え、ええ・・これは・・・・戦争の記録?」
「暴力の記録といった方が良いかしら。人が人を傷つける、その瞬間が全てここに記憶されているの。」
「人に限り、ですか。」
「ええ。この村では10歳の誕生日に魔方陣に触れるよう決められているの。皆知っていることなのよ。この記録があるからこそ、私たちは解決に暴力を選ぶんではいけないの。逃げることも、あってはいけないのよ。暴力に正面から向かい、屈さずにいることで初めて私たちは勝利することが出来るのよ。」
「・・・暴力を受けたとしても、ですか。」
「ええ。」
「殺されるとしてもですか。」
「ええ、祈るのよ。それが私たちなりの戦い方なの。肉体は滅んでも、魂が滅ばぬ限り、コルトールは生き続けるの。」
「・・・・何故・・・・今まで死の訪れを悟りながらも、皆その恐怖に耐えていたというのですか・・・。」
 また涙が溢れそうになる。
「私は誰も死なせたくない・・・あなた達が意地を張ったって、何も良いことはないんです・・だから・・・・・・・。」 
「魂は、死なないわ、きっと、そう信じているもの。」
 アーロンは微笑み、アイカの肩をぎゅっと押した。
「さ、上に戻りましょう。」




「・・・・すみません、長居をしてしまいました。」
手に持っていた剣を腰にくくりつけ、きゅっと帯を締めなおした。
「あら、お茶でも飲んでいきなさいな。林檎でも剥きましょうかね。」
そう言ってアーロンが林檎をテーブルの上に置いた瞬間、パシュッという音がしたかと思うと林檎が8つに切れ、コロンと花が咲くように広がった。
「あ、あら、どうしたのかしら、これは・・・。」
「私が切りました。」
 アーロンは口をあんぐりとさせて林檎を見た。きれいに8等分されている。切り口は剃刀で切ったように滑らかに光っているのに、机には傷一つついていない。
「抜刀という技術です。」
「・・・全然見えなかったわ。抜刀術は聞いたことがあるけど、こんなに早いものなの?」
「私は瞬きの石を体内に宿して生まれてきたため、人の数倍の速さで動くことが出来るのです。ただ、この技は私の身体に大きな負荷を与えてしまいます。長時間や頻回の使用には向きません。そんな限定的な技をあなたの前でやって見せたのは、少しでも可能性を信じて欲しかったから。」
「可能性?」
「はい、私は今からバンガードに行き、片方の軍と戦闘に入ります。必ず、彼らを戦闘不能の状態に追い込みます。ですから、もし・・・もしあなた達に少しでも生きる希望が生まれた時には、ノンゾから来る軍隊から逃げ、バンガードへ避難してください。もしそれが間に合わない場合には、迎え撃ってください。」
「そんな、あなたがそこまでする必要はないわ。」
「いいえ、必要かどうかではなく、私がしたいと思うから。それが全てです。」
「そんな・・・。あなた一人でなの?他にも仲間が居るの?」
「私一人です。当初は1班・・・15人で行動していたのですが、ここに辿りつく前に全員を亡くしてしまいました。援軍を要請しては居ますが、どうやら間に合わなかったようです。」
 ――――アーロンは言葉を失ったまま、入り口までアイカを見送った。扉を開けると日が落ちかけ、夕焼けがうすく空を覆っている。綺麗な空だ、とアイカは思った。
「そういえば、さっき来た少年はユウノ・クォートではありませんか?」
 アーロンは唐突なアイカの質問に目を丸くし、そうよ、と短く答えた。
「キアカ・クォートとミハル・クォートの息子、6代続く科学者の家系、間違いはありませんね?」
「え、ええ。今はコルトールという姓にしているけど。何故そんなことを知っているの?」
「ある程度のことは村人から聞いておきました。私は15年来のよそ者。15年前にキアカ・クォートとミハル・クォートがやって来て、この村で子供を産んだ。その息子はユウノ、今は掃除屋をやっていると。」
「ええ。」
「この村の戦力を量っていたのです。おそらく単純な戦力ではボンズ・コルトールが一番でしょうけれど・・・もし、ユウノ・クォートが科学についての知識を身に着けているならば、この上ない戦力になるだろうと思っていたのです。」
「あの子は虫も殺せない優しい子よ。」
「ええ・・・子供に対して戦闘を望むのは・・・・。では、また会えるよう、祈っています。」
「本当に行くの?」
アーロンの言葉に答えることなく、アイカはバンガードの方向へ歩いていった。












「・・・何か、来るわ。止まりなさい、ヒリ。」
 馬の足を止め、アイカは耳を澄ませた。今は22時頃だろうか。バンガード領域の随分と手前、低く鳴る機械の音を感じ取った。
「もう随分と近くまで来ていたのね。」
 馬から降りる。
「遠くへお行き。」
 馬はブロロロロと一鳴きした後、コルトールの方向へ戻っていった。
 今日の深夜にコルトールで合流する予定だったのだろう。ガラガラと鳴る音が段々大きくなり、その姿が現れた。くすんだ迷彩柄のボディーに人間大の大きなキャタピラをもつ長方形の戦車。その上に量産型の蟻型戦闘機、ゾーマが6台乗っている。思ったよりも少ない、とアイカは思った。もしかしたら本隊はノンゾからくる軍隊の方だったかもしれない。歯をぎりっと噛み締め、自分の甘さに苛立ちを感じた。いざ逃げる時に、こちらの道の方が逃げやすいだろうと、そんな程度の考えしか持っていなかった。この軍隊が予備軍であれ本隊であれ、バンガードには自衛軍があるのだから戦力が減っているのは当たり前なのに。

ガラガラガラガラ・・・ガラ・・ガラ・・ガタッ。

 戦車がアイカの手前で止まり、ハッチが開いた。思ったとおりの対応だ。例え一人と言えど、囮の可能性がある以上は止まらざるを得ない。小心者のベルガらしい臆病な戦略だ。
「女、一人で何をしている。」
 固い口調で兵が問いかける。
「コルトールへ行くのなら、止めておきなさい。あなた達が彼らに勝つことはないわ。」
 兵士が3人、戦車から飛び降り、銃を構えた。
「抵抗するのならば射殺する。身につけた武器を全部捨てろ!」
「私が持っているのはこの剣1本。それでも私を殺すのかしら。そうよね、あなた達はいつでもそうだもの。」
「さっさとしろ!!」
「命を奪うという行為は、決して許されないこと。もし言い訳がきくとしたら、捕食、合意の上の戦闘?傲慢な考え方だわ・・・・・。」
 剣を腰から外し、柄を持ち、鞘を後ろに引くようにして構えた。
「戦闘態勢と見なす!!」
 兵たちが銃を高くあげ、戦車の先端に取り付けられた砲台がゆっくりと動いた。アイカは上目遣いに相手を睨み、刺し殺すような視線を投げた。
「死ぬ覚悟が出来た者から、かかってきなさい。」

 それから十分も経たぬうちに軍隊は全滅した。小さな爆発音がコルトールの方向から聞こえたが、傷ついたアイカにはもう此処から動く力が残されていなかった。







               

                   2-3


「なあ、何か食いたいんだけど・・・。」
「ごめん、家に帰ったら夕食を分けてあげるよ。」
 5件仕事を終えると、さすがに空は暗くなっていた。
 ゴゴ・・・ゴゴゴゴ・・・・・・・。雨は降っていないのに、どこからか雷のような音が聞こえる。ふと視線を移すと、山にかぶさる雲に爆弾の閃光が写り、雷のように不気味にきらめいていた。
「・・・ノンゾの方角だ・・・・。」
 言いようの無い不安がよぎり、足早に家路を通る。
「なあ、ユウノ、俺の脚に結ばれてた手紙のことだけどよ。後でもう1回見せてくれよ。」
「え?うん、荷物の中にあるから、部屋についたらね。もう怒らないんだ。」
「・・・・本当に手紙がそんな状態だとすると、どうすればいいか正直分からねえんだ。俺の任務は失敗なのかもな。少し状況が整理出来るまで厄介になるぜ。」
「うん。―――着いたよ。ここが僕の家。」
 丸太を組んだ一戸建てのシンプルな家を指差し、小さいけど、と苦笑いをした。
 随分時間が経ってしまった。扉に手をかけると、遅えじゃねえかと怒るボンズの顔がもわもわっと頭に浮かぶ。しかし、考えていても仕方がないので、いつもの調子で静かに扉を開けた。

ガタッ。

「ただいま、6件終わらせてきた。」
「お、ユウノ。遅かったな。さあ夕飯だぞ。」
 予想に反し、食卓に座っていたボンズは気持ち悪いくらいの笑顔でユウノを手招いた。ボンズはニヤニヤしたままもじゃもじゃのヒゲを掻き、少し間を置くとこう叫んだ。
「ホレ、娘が帰ってきたぞ!」
「ハーイ、久しぶりね、ユウノ。」
 台所に隠れていた娘がユウノの前にドーンと飛び出した。バシバシと肩を叩かれ、苦笑いを浮かべるユウノ。ああ、なるほど・・・相変わらずの父親似だなあ。
「久しぶりだね。ハノさん。」
「なんだユウノ、うれしいか!ガハハハ。」
「うっ・・・・・(何てベタな対応だ・・・。)」
 こうなるとボンズは必ず二人の縁談を持ち出してくる。それが嫌でたまらず、ユウノは必死に関係ない話を繰り返した。久しぶりに家族全員が揃った家の中はとても狭いように感じて、逃げ場のないこの窮屈さは、どこか居心地が良い感じがした。母親に似て小柄なレオは、ハノの突っ込みに吹っ飛ばされそうになりながらも冗談を連発した。いつのまにか不安な気持ちは薄れていた。

 部屋に戻り、パンタローネに夕食を与えてベッドに寝転がると、今日1日の出来事が天井で渦を巻いた。そうだ。明日は学校に行こう・・・せめてレオに助けられないようにしよう・・・。

 ―――大きなため息・・・・目を閉じる。



 ―――――おかしい、何か不自然だ、眠れない。暑い・・・・・・。


 ユウノはゆっくりと起き上がると窓の前に立ち、外を見た。薪がぱちぱちと燃えているような音が聞こえる。時はまだ夜を刻んだままだというのに、何故か外はもう明るくなっていた。
「森が燃えてる・・・・。」
 ユウノがパンタローネを見つけた森。真っ赤に燃えるあまりにも巨大な炎は神々しく、激しい力を放っていた。コルトールから歩いて二十分ほどの距離、ここまで暑さを感じる凄まじい炎が上がっている。
「虫だああ、ベルガの虫が来たぞおおお。」
 男の悲鳴を機に村中に恐怖が走りまわった。祈る。ただ祈る。殺されるかもしれない。そんなことは皆十分にわかっている。祈る以外に、戦う術を知らないのだ。

 窓から様子を伺うユウノ。家1件ほどの巨大な虫型の機械が走り回っている。
「何だ、あれ・・・・。」
 くすんだ迷彩柄の体を激しく揺らし、六本の足で動き回る機械の群れ。ベルガが誇る量産型の戦闘機虫「ゾーマ」の襲来であった。
「八、九・・・・十二匹・・・・・。」
 さらにその奥に一つ、明らかに段違いな装備を持つ蜘蛛型の機械がある。ゾーマの約3倍の重量を持ち、ベルガの紋章を左右に宿した機械。どうみても力で対抗するのは無理だった。
 ぞろぞろと出てきた兵士たちは蜘蛛の子を散らしたかのように走り回り、村人を次々と張り倒して何かを叫んだ。一通り叫び終わると、銃から乾いた炸裂音と煙が出て村人は射殺される。兵士達は何かを探しているようにも見えるし、命乞いを無理やりさせているようにも見えた。隣人も知人も、友人でさえもあっけなく地面に転がっていく。そんな悪夢のような光景に耐え切れなくなり、嗚咽と共に涙が溢れ出した。
「あ・・あううあ。」
 悲しみと恐怖が同時に襲い掛かった。しかし、恐ろしくて目を背けることが出来ない。鼻水も涙も口に入ってきているが、唾を飲み込むことさえ忘れている。ただ、泣きながらずっと、変わり果ててゆく村人の姿を見ていた。

びしゃああああああ。
「わああああああああ!」
 飛び散る血が窓に吹きかかり、ユウノは後ろに転がるように倒れこんだ。

バキャアアアアアアアアッ!

 刹那、形容しがたい音が鳴り響き、部屋に風穴が開いた。足に焼けた木の破片がぶつかり、肉が鈍い音をたてて焼けた。
「あっつ・・!」
 痛みを感じ、思わず足を押さえた。砲撃を受けて焼けた壁が次々と崩れ落ち、完全に外が見えている。外にはいくつかの屍が転がっていた。
「ユウノ!逃げろよ!中に居たら焼け死ぬぞ!」
 パンタローネが叫ぶと、ユウノは突き動かされるように走り、開いた穴から外へ出た。頭の中は真っ白になっていた。家族のことを気遣う余裕もない。ただ、ひたすらに恐ろしかった。
「だ・・・駄目だ。逃げちゃ駄目なんだ。暴力に・・立ち向かわないと・・・。」
 そう呟きながらも、ユウノの頭の中はもう逃げることでいっぱいだった。あたりを見回す。こちらに兵士は来ていない。
 レオがユウノの部屋に駆けつける。
「何やってんだ!ユウノ、こっち来いよ!」
 レオの声は周りの爆音にかき消されてほとんど聞こえなかったが、ユウノは少し正気を取り戻した気がした。縋りつきたい気持ちでいっぱいになり、振り返る。
「あっ・・・!」
 その時彼は見てしまったのだ。今まさに、家の中に攻め入ろうとしている兵士の姿を。
 ユウノは叫ぼうとした。
 ・・・しかし、何故か声が出なかった。
「レオ・・・・あああ・・・。」
「何?よく聞こえねえよ!」
 涙が出た。自分の意識は、完全に逆を向いていたのだ。
「あ・・・・あうううう。あああああああ!」
 伝えようとする想いよりも、逃げようとする想いが勝っていることに、気付いてしまったのだ。
 ユウノは振り返り、走った。後ろから来る声から逃げるように耳を塞いで、目を瞑りながら、泣きながら何度もごめんなさいと心の中で繰り返した。がらがらと建物が崩れていく中、いつからか、それは言葉になり、ユウノは大声でごめんなさいと叫びながら逃げ回っていた。

 木で創られた家々は燃えやすく、格好の的だった。唯一の救いだったのは、昨日まで雨が続いていたこと。湿った丸太は燃えにくく、全焼している家は少なかった。
 兵士たちの声が聞こえるたびに方向を変え、その度に目を覆いたくなるような光景を目にした。焼けた木の下で黒い墨になっている人もいた。
「助けて!助けてえええええ!」
 悲痛な叫びが目の前に迫り、泣き叫ぶ子供がユウノに抱きつくようにして行く手を遮った。
「お願いだ!父ちゃんが殺されそうなんだ!助けてよ!」
「・・・僕一人じゃ無理だ。今大人を呼んでくるから!」
 驚くほど冷静に嘘が出た。いや、本音だったのかもしれない。ただ、一度ここを離れたらもう二度と戻って来ないことはわかっていた。
「お願いだよ!」
 そう言って子供はユウノの目を見た。瞳に写った自分の顔は完全に引き攣ってしまっている。ユウノは子供の手を振り払って走った。前から兵士が来るのが見えたからだ。





 ユウノの家の中、残されたレオはユウノが何を言おうとしていたのかよく分からず、混乱していた。
「どうしちまったんだ。向こうに兵士が居たのか?」
 レオは鳩を外に逃がし、家族の待つ居間へと急いだ。

パンッ、パンッ!

 突如、後ろから銃声がしたかと思うとレオの足に激痛が走り、そのまま受身もとれずに倒れこんだ。
「う、うあああっ。」
 必死に足を引きずり、立ち上がろうとする。レオの体に影が被さり、上を向くと兵士が一人、銃を構えて立っていた。
「魔女はどこに言った。お前が知っていることを全て話せ。」
「・・・・・殺したきゃ殺せばいいだろ。銃を持たねぇと何も出来ないくせしてよ。」
「では死ぬか?」
 レオは再び銃口を向けられると、手を組み、祈り始めた。
「・・・何故お前たちは抵抗もせずにそんな真似を続けるんだ?」
 レオは答えない。
「・・・連行する。」

 どんなに脅しても痛めつけても、村人は何も喋ろうとしない。ベルガの兵士たちは村人たちの行動を不気味がり、段々と暴力に頼ることは無意味だと感じ始めていた。しかし、連行した先で待っているのは拷問。ベルガはベルガで、暴力以外の方法を知らないのだ。次々と村人たちが連行されていく中、ボンズだけはまだ捕まっていなかった。軍人も通ることが出来ない、燃え盛る炎の中を平然と走っていくからだ。それは単に水を被っただけでなく、彼が掃除屋であり、煙突を掃除する際の防温服を中に着込んでいるからだった。
 ボンズは地の理を利用し、兵士達の隙を見て進み、ユウノを探した。震える村人たちの姿は生まれたての雛鳥のように弱々しかった。ボンズは震える体を押さえ、必死に走った。
「くそっ、うでっぷしなら負けねえのに、畜生が。」
 ボンズは泣きながらユウノを探し、走りまわった。隣人も友人も、すでに殺されてしまっているのだろう。そんな想像が彼の胸を締めつける。子供達の手を握り、祈り続ける大人達の姿がボンズには辛すぎてたまらなかった。子供達は何だかわからないという顔をしていた。大人たちはみな泣いていた。




「ぐすっ・・・うええええええ。」
 ユウノはずっと、馬屋の隅にある樽の中に隠れて泣いていた。こんな所に居ては見つかるかもしれないし、焼け死んでしまうかもしれない。でも、もう体が動かなかった。
 熱かった。もう村の半分以上が燃えている。その中を動き回る鋼鉄の虫達は、本当におぞましい物に見えた。
「うあああっ!」
 いきなり樽の中を覗き込まれ、心臓が止まるほどの恐怖が全身を駆け巡った。しかし、それはとても見慣れた顔だった。
「・・・ボンズさん。」
「行くぞ、ユウノ。」
 今まで聞いたことがないほどの優しい声だった。いや、知っているかもしれない。家出をしたときには、いつもこうやって迎えてくれていた気がする。
「お前は小さい頃、泣くたびに花屋んちに厄介になってたから、もしやと思ってな。」
「皆は・・・。」
「連行されちまった。でも、まだ死んではいねえ。」
 無事だったんだ・・・良かった・・・・・・。
 瞳からぼろぼろと涙が出た。
 皆に謝りたかった。
「それは・・・。」
 ボンズは小さな銃を手に持っていた。
「もう、駄目だ。俺は耐えらんねえ。誇りよりも信仰よりも、怒りが上回っちまって兵士をぶん殴っちまった。奪ってきたんだ。でっかいのだと邪魔になるから小さいのが良いと思ってな。一発撃たれちまったが武器は手に入れた。」
 ボンズの肩から血が流れている。
「でも、使い方がわかんねえんだ。さっきも兵士がいて、仕方ないからこれで殴ったんだが・・・。」
「・・・・・そこを引いて・・・ここを引けば撃てると思う・・・。」
 ユウノは躊躇いながら指をさした。
「・・・何でそんなこと知ってんだ?」
「父さんの本に書いてあったのと同じだと思う。」
「・・お前、まだあれを読んでたのか。掃除屋には必要ねえから捨てちまえって言ったのによ。」
「でも・・・何だか父さんとの繋がりが消えちゃう気がして・・・。」
「関係ねえよ。お前はもう俺の息子だ。」
「・・・・・・。」

 何気なく放った一言が、ユウノの心に深く突き刺さった。今まで息子なんて言われたことはなかった。もう、これで最後になるかもしれないから?それとも、ずっとそう思ってくれていたのだろうか。

「僕は・・・・・父さんについていく・・・。」
「・・・どっちのだ?」
「・・・・・・あなたです・・・。」
 ユウノの目から涙が溢れ出た。先ほどまでの恐怖の涙ではない。震えがいつの間にか止まり、拳を硬く握り締めていた。
「・・・よし。」
 ボンズは胸の高さにあるユウノの頭にぽんと手を置き、ユウノに銃を差し出した。 
「使い方がわかってんなら、お前が使え。」
 手に置かれた銃は小さいながらもずっしりとした重さがあった。
「最高で六発のリボルバー式・・・・。」
「そうか、六発か・・・。」
 ボンズはそう呟くときつく拳を握り締めた。





 レオは震えながら、母親が昔口癖のように言っていたことを思い出していた。赤ん坊は母親にとって自分の分身のようなもので、赤ん坊をあやしていると、自分があやされているような錯覚に陥るのだと。今、母親と思われる若い女性から赤ん坊が取り上げられた。レオの心の中に、父親から譲り受けた正義感が、熱く溶けた鉄がふつふつと泡を立てるように滾っている。ベルガの兵士の顔を睨み、殴り飛ばしてやりたい気持ちが抑えきれなくなった。
「待て・・・・・。」
 兵士達の動きがぴたりと止まり、次の瞬間、全員がびしっとその場に姿勢を正して立った。一箇所に集められた村人たちは声がした方向を見た。女性の声だ。蜘蛛型の機械から降り、村人達の前に現れたのは上等なドレスを着た女性。
「ベルガ32世である。」
 その女性は臆面もなくそう言い切った。一般に公開されたベルガ王は長男、エルカッツェの筈である。
「驚かずとも、わらわがたまたま雌に生まれただけの話。国王の顔が知れては戦場に赴くのもままならぬため、弟の名を使っただけのことよ。」
 村人達の震える姿を見て一笑すると、ベルガ王はさらに意地が悪そうな声を出した。
「わらわの名はエル・ザンダバフ。稀代の操縦の名手じゃ。この腕がありながら戦場に出れなくてはつまらんだろう?ふふっ、さて、コルトールの住人たちよ。わらわの顔を知ったからには満に一つも生き残る術はないと思え。わらわに屈する以外にはな。」
 そう言うと女王は兵から赤ん坊を取り上げ、唇に指を当てた。
「さて、どうする?コルトールの村長よ。」
 銃を赤ん坊の頭に突きつける。
「名はなんと申す。」
「ジュ、ジュネ・アーロン・・・。」
 恐怖に肩を揺らし、口を開くのもやっとという風情で答えた。
「魔法使いの行方を教えるだけでよいのじゃ。属国として手厚く扱ってしんぜようぞ。」
「・・・・。」
 左右の掌を合わせ、祈る。
「ほう、それはわらわに対し命乞いをしているのか?それともこの期に及んで神の救いでも求めているのか?」
「・・わ・・・我らは・・力には屈さぬ・・・。」
「ほう・・。」

パンッ!!

 乾いた銃声と共に赤ん坊の頭が吹っ飛び、飛び散った脳漿が村人の目の前でびしゃっと音を立てた。
「いやあああああああああああああああああああああ!!」
 両手で顔を覆い、母親が悲痛な叫びを上げる。
「・・・ア、アーロンさん・・・こんな奴ら、もう人間じゃないよ!!」
 レオは拳を握り締めた。ふざけるんじゃねえ。人の生活をいきなりぶっ壊して!!
「いい加減にしろおおおお!!」
 女王に殴りかかるレオ。しかし傷ついた足が思うように動かず、一歩手前でぐしゃっと倒れこんだ。
「そうじゃ、それで良い。怒ったのなら抵抗すればよい。ほれ。」
 
パンッ!!パン、パンッ!!

 銃声が数発鳴り、悲鳴を上げながら数人が倒れる。
「止めろよお!!何でこんな事するんだよおお!!」
 訳が分からなくて涙が出た。何でこんな理不尽な仕打ちを受けなければいけないんだ。自分達が何かしたのか!?何もしてない。ベルガが勝手にやってきて、勝手に殺し始めただけの話だ。
「誰か・・・誰か助けてくれええっ!!」
 その言葉に応えるように、全く見当違いの方向から銃声が聞こえた。女王の遥か後ろ、兵士たちが誰かと闘っている。その時初めて、レオは自分の父親がこの場に居ないことに気がついた。









                   2-4


「はあ・・・・はあ・・・。」
 燃え盛る炎の中を走るユウノとボンズ。所持しているものは小銃2丁とライフル1丁。地の利を把握しているせいか、爆音が響いているせいか、兵士たちが油断しているせいか、注意をしていれば見つかることなく進むことが出来た。それでも行く手を遮る炎は凄まじく、地面は熱く、石は赤くなっていた。
「これ以上逃げてられるとも思えねえ。攻め・・・・。」
 ボンズの足が止まった。
 遠くに兵士たちが数人集まっている場所が見える。機械も、全てそこに集まっている。まさか・・・・。
 ボンズは考えると同時にもう走っていた。父親としての直感が、家族の危険を感じ取ったのだ。
「うおおおおおおおおお!」
バンッ!
 銃弾を放ったが当たらない。
 兵士たちは銃声にきょろきょろとし、銃を身構えた。しかしボンズの姿に気付いたときにはもう遅かった。ボンズが投げた銃と岩が兵士の顔に命中し、首が折れた。それに気をとられている隙に殴りかかり、ボンズは一瞬にして四人の兵士を殴り飛ばした。あまりの怪力に一発で気絶する兵士たち。しかし残った一人が放った銃弾はボンズの脇腹に命中してしまった。痛みをこらえ、そのまま軍人に殴りかかる。軍人に二発目を撃つ余裕はなかった。
「ボ、ボンズさん!」
 次から次へと兵士がこちらに走って来る。場違いなドレスを着た女性がこちらを指差し、何かを叫んでいた。しゃがみ込んでしまったボンズに縋りつき、ユウノはどうしたらいいか分からずにただ養父の名前を叫んでいた。燃え盛る家々が崩れ落ちる音にユウノの声はかき消された。
「泣くんじゃねえぞ、ユウノ!!」
「・・・うっ・・ぅぅっ・・・。」
「家族を守れ・・・。そこに銃がある。」
「そんな・・・出来ないよ・・・。」
「俺が盾になってやる。この防火服と筋肉がありゃあ、そう安々と死にはしねえ。」
「そんな・・・・・・いやだよ、止めてよ!!」
「行くぞ!!」
 ボンズはユウノに構わず、顔の前で両手を十字に組み、ベルガへ向かって突進した。
「ま、待って!!」
 離れていく父の背中、自分より何倍も広い背中。そうだ、僕はこの人にも憧れていたんだ。父さんが死ぬ・・・また・・・・またって何だ!?
「う、うわああああああああああああああああああ!!」
 銃を握り締め、無我夢中で父を追いかけた。
(俺の息子だ。)
 頭の中で、その言葉だけが響いていた。勇気があったわけじゃない。死なないで、行かないで。ただそれだけで、ユウノは父の背中を掴もうと必死に走った。
「うおおおおおおおおおお!」
 ボンズは咆哮を放ち、向かってくる軍人の銃撃を受けながらも走り続ける。目の前を走る父の体から血が噴出している。ユウノの頭から血の気が引いていった。ボンズはそのままよろめきながらも突進し、10人以上の兵士をなぎ倒す。
 ボンズが向かう先を見た。レオが伏し、一人の女性に銃を突きつけられている。女性は汗を流しながら一直線に来るボンズを睨み、叫んだ。
「止まれ、こいつを殺すぞ!!」
 その声を聞いた瞬間、頭の中がバチンと弾けとび、ユウノは身体ごと投げ出すように女王に飛びついた。
「レオオオオオオオオオオ!!」
 気付くとユウノは女王を押し倒し、銃を突きつけていた。

「全員武器を捨てろよっ!!どっかに行けよっ!!」
「こ、小僧、何と言う無礼を!!」
 女王が睨む。しかし、その顔には冷や汗が流れていた。
「う、撃つぞ、早く武器を捨てろ、早く攻撃を止めさせろ!!」
 震える手で銃の鉄心を引く。
「・・・・仕方ない。お前たち、銃を捨てろ。」
 銃を放り投げ、掌を見せる女王。
「へ、陛下し・・・・しかし・・。」 
「よい。」
 女王の合図と共に武器がガラガラと落ちた。
 そして、それは一瞬の出来事だった。ユウノが安堵の表情を浮かべたその時、炸裂音が鳴ったかと思うとユウノの体が吹っ飛び、村人たちは恐怖の悲鳴を上げた。女王が素早い動きで服の中に隠してあった銃を撃ったのである。
「うあっ、ああっつ。」
 のた打ち回るユウノ。
「ほほほほほほほほ、わらわがドレスだから無防備に見えたのかえ?」
 高笑いする女王。
「このドレスには30以上の武器を仕込んでおる。武器は脅すのではなく殺すためにあるのじゃ。所詮小僧、相手にならんわ。」
 再び高笑いする。
「しかし屈辱的じゃ、わらわは優しく接していたつもりだったがの。飼い犬に手を噛まれたような気分よ。」
「何が優しくだ!!」
 レオが叫ぶ。
「ユウノ、しっかりしろっ!!」
「う、ううう。」
 腹を押さえる。
「何じゃ、お前たちは友人か?」
「兄弟だ、このくそばばあ!!」
 女王は唇に人差し指を当て、少し考えると、ぽんと手を叩いた。
「肉親を殺し、この屈辱を晴らすとしようぞ。」
 そう言って銃を手に取り、レオの顔を踏んづける。
「や、やめてください!!・・うあっつ・・。」
 飛び出そうとし、倒れ込むユウノ。
「レオを殺さないで下さい、お願いします。屈辱を晴らすなら、僕を殺してください!僕は、居なくなったほうが良い人間なんです!!」
「ほお。」
「僕は、皆に迷惑を掛けてばかりなんです。要らない人間なんです!だから!!」
 そう言いながらも唇が震えている。吐きそうなくらいに体が震えている。
「ユウノオオオオオオオ!!」
 渾身の力を込めてレオが叫んだ。
「レオ!」
「俺は、お前が居なくなれば良いなんて、一度も思ったことはねえぞおおおおおおおおお!!」

 パンッ!!

 ・・・・一撃。たった一撃でレオの体はピクリとも動かなくなった。背中が抉れ、心臓に弾が突き刺さり、血がだらだらと流れ出た。
「ふん、お前を殺したのでは雪辱にならんだろう。」
 伏したユウノの目の前に血が流れてきた。頭の中で何かが切れたのを感じた。
「うあああああああああああああああああああ!!」
 訳も分からずに、痛みも忘れて女王の方向に走った。砕けたレンガを持って。
 気が狂ってしまったのかもしれない。血の匂いと共に、頭の中が真っ白になって光った。村人は止める暇もなく、いきなり走り出した少年の姿に誰もが青ざめ、殺される、という想像に身体を固まらせた。その刹那、想像は現実のものとなる。銃声が響き、ユウノの胸に鈍い痛みが走ると、体が動かなくなり、膝から転がるように倒れこんだ。
 薄れ行く意識の中で、女王の叫ぶ声が聞こえた。叫び声をあげながら横を走り抜ける村人の足音も。銃声、倒れる音。段々と意識が遠くなり、そのまま泥沼に沈んでいくような深い眠りについた。









「いや、いやあああああああああ、うあああっつ、あああつうわあああ。」
 フェリィの体に致命的な痛みが与えられる。あまりの激痛にフェリイの意識は現実に引き戻され、のた打ち回り、転げまわった。父の痛み、恐怖、絶望、それら全てが少女の身体に刻み込まれる。
「・・・・・痛いよぅ・・・・苦しいよぅ・・・うぅぅ・・・うええええっ・・・。」
 ばらばらになりそうな体を両手で抱きしめるように押さえ、体を丸めながら、ただひたすら痛みに耐える。涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、少女は叫んだ。
「お父さん・・・・・お父さんっ!!」
 なんて馬鹿なんだろう、人間は。新世界なんて名前だけだ。こんな殺戮の後に出来た世界なんて。まだ何も始まっていない。古い歴史が終わってさえもいない。ただ同じ地点を動かずに、回っているだけ・・・・。何度傷ついたって人間は戦争を繰り返すんだ。そんな歴史を、これ以上見ることなんて・・・・・・もう嫌だ・・・嫌だよ!!こんな世界!!
 少女は脇にあったコップを手で払い投げた。するとコップは見えない壁にぶつかり、粉々に砕ける。少女が睨んだ先、そこには出口が。
 扉に向かって走る。しかし見えない壁が彼女の行く手を遮った。空に手を叩きつけるフェリィ。
「出して!ここから出してよ!いやあああああああああああ!!」
 そう、人が人でいる限り、この争いの回転は永遠に繰り返されるのだ。永遠に永遠に永遠に永遠に永遠に永遠に永遠に永遠に永遠に永遠に永遠に永遠に永遠に永遠に永遠に永遠に永遠に永遠に永遠に永遠に永遠に永遠に永遠に永遠に永遠に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 ただ少女は見ることしか出来ず、目を閉じることさえ出来ず、いくら脱出を試せど、この部屋から抜け出すことはできない・・・。それでも希望を捨てるわけにはいかなかった。負けるわけにはいかない。負けてはいけないのだ。
「・・・・・・お父さんは、まだ死んでない。私が・・・生まれてくるんだもの・・。」
 少女は絶望の淵から這いあがれるだろうか。そして希望を失ったユウノの未来には何が待っているのだろう。彼らは争いの歴史の中、何かを変えることが出来るだろうか・・・・。誰かを救うことが、出来るだろうか・・・・。







                   2-5


 コルトールとノンゾを結ぶ直線上の遥か先にある高地「コーディーン」。その中心、白い雲の中に異様に建つ巨大な建造物があった。鉄壁の防御を誇るベルガの王宮、そこへ一羽の鳩が飛んでゆく。その足に巻かれた紙を手にとると、衛兵ザンバットは急いで王室へと向かった。
「将軍、陛下よりご報告です。コルトールでは魔女を発見できず、と。」
「くそっ、あの村もだめか・・・どこへ逃げたのだ・・・忌々しい魔女めが。もう魔法を使えるのはあの娘だけなのだぞ!早急に探し出せ、探し出せねば我らの・・負けだ・・・・。」
 女王の留守中、代理を任された実弟、べムは力無くうなだれた。各国に先駆けて捕らえた最後の魔法使い「アルチェ」は最大の切り札となる筈であった。まだ魔法を使える筈はないと思っていたベルガは完全に裏をかかれた形となった。少女は唯一使える初級魔法、ポノルフを使って宙に浮き、部屋にある煙突から外へと抜け出したのだ。それから2ヶ月がたつが、一向に手がかりは掴めない。
 冷たく湿った空気、張り詰めた緊張が限界に達し、べムは未だかつてない恐怖に身を震わせていた。我々が何故魔法使いを探しているのか、よくよく考えてみると・・・・わからない。確かに、このまま自国だけで全世界を相手にし続ければ、いずれ敗戦を喫するだろう。しかし、だからといって魔法使いを戦力として加えよう、などという会議が開かれただろうか。いつの間にか皆焦りだし、魔法使いを捕まえなければ、という観念に縛られている。一体・・・何なのだ。これは・・・。

(・・・・アルチェはチボットにいる。)

 ――――べムは寒気を感じた。頻繁に頭に流れるこの声・・・。直感と言ってしまえばそれまでだが・・・この声を聞くと、行動せずに入られなくなってしまう。
「信じられん、現世の者の技とは思えぬ・・・。」
 これこそまさに魔法使いの仕業ではないのか。そう思いつつもべムは軍の手配を進めていた。ただ、王室の奥には鋼鉄の扉があり、そこから異様な空気が立ち込めているのをべムは感じ取っていた。この王室に出入りするものは皆知っている開かずの扉。何故か誰も開ける気にはならず、また開けたこともないし、開いたこともない。
「―――ザンバット、何をぼさっとしておる。チボットだ。軍をチボットへ向けよ。」
 彼もまた開かずの扉に何かを感じ、見入っていた。呆けていたザンバットははっとし、敬礼をする。
「は、はっ、恐れながら・・・・チボットはウィンアーザムの奥地、その前には難攻不落と噂されたオーランダムの要塞が待ち構えております。おそらく進軍は困難となるでしょう。」
「わ、わかっておる!国王からの承諾は待たん、第3小隊から第7小隊まで、全装備を持ってチボットに進軍せよ!アーバンストックにも伝令を送れ!」
「い・・・いえ、将軍。もう一つ文が届いております。・・・双子の元将軍を陣頭に置けと。」
 
バタン!!
 
 乱暴に扉が開き、二人の老人が入ってきた。独りは片目を眼帯で覆った隻眼のバゾン、もう独りは車椅子を義手で操作する機手のデルド。
「そういうことじゃ、ベムよ。わし等のところにも文が来たぞ・・・ふふっ。お前はもう役目を果たした。早々に去れ。」
 双子の将軍はザンバットに命じた。
「バルガスを出せ。ゾーマを80以上揃えろ。わしらが直接指揮を執る。さあ・・・動け。」」

 速やかに集結したベルガの軍隊、数十の戦闘機虫、3万の兵士が列をなす。この軍隊が敵だったとしたら・・・ザンバットは背筋の凍るような悪寒を覚えずにはいられなかった。
 凄まじい地響きと共に進むベルガの軍隊。地面を埋め尽くす機械の群れは次々と森をひき潰しながら進んでいく。それは虫の大群が餌を食い荒らす様によく似ていた。













 誰だろう・・・誰かの呼んでいる声がする。暖かい、誰かに抱かれているのか?
「・・ノ・・・ユウノ・・・死ぬんじゃねえ。」
 段々とはっきりする視界の中に、必死に自分の名前を呼ぶ養父の姿を見た。
「・・・ボ・・ンズ・さん。」
 口を開いたユウノをみた刹那、ボンズはセキを切ったように大声で泣き始めた。辺りを見渡しても動く物の気配は何一つない。四百人以上居たコルトール村の生存者は、たった二名。十数名が連れて行かれたが、生きていると思うことなど誰が出来ようか、ボンズにはもはや死んでいるとしか思えなかった。
「よかった、よかったなあ。手が微かに動いたから、もしやと思ったんだ。今手当てをしてやる。」
「な・・・何で・・・。」
 ユウノは辺りを見渡した。いくつもの焼死体が転がっている。銃弾は致命傷に至らなかった者もいただろうが、動けなくなった村人達はなす術もなく焼かれ、死んでいったのである。しかし、何故か自分の周りだけが焼けていない。ユウノを中心に半径2mほどの円が描かれ、その内側は全く焼けていないのだ。まだ炎が残っている家もあるというのに。
「な・・・何だ・・・これ・・・。」
「わかんねえ。俺はせめてお前だけでも守ろうと覆いかぶさったまま気を失って・・・・気付いたらこうなってたんだ。」
「・・・・・・な、何だ、ポケットが熱い・・・。」
 ズボンのポケットを探ると、何かが熱を持っている。取り出したそれは光る紙。パンタローネが持ってきた手紙である。中には書きなぐりの字でこう記されていた。



 ―――この手紙の持ち主に適用される簡単な守護魔法をかけておいた。もし生き残ることができたなら、あなたが魔女を守れ。



 ―――空を見ると、炎がゆらゆらとゆらめいて浮かんでいた。全てが夢のようだ。ついさっき起きたことも・・・全部。
 ――ボンズの顔を見る。
 ひとしきり泣いた後だったのだろう。泥まみれの顔に幾重もの涙の線がついていた。当たり前だ。すぐ横には妻、子供達の死体が横たわっているのだ。前身が黒く焦げているもの、半ば生前の姿を保っている者。どんな状態であってもわかる。特に自分の家族は、わかるものなのだ。その死体はボンズがやったのであろうか、全て両手を胸の上に置く形で横たわっていた。それを見るなり、ユウノは大声をあげて泣いた。ボンズの腕の中で、泣き崩れた。
 ああ、神様・・・・あなたはこの世界を見捨てたのですか・・・・。殺し合いが人の性であるのなら、僕たちの未来は・・・・・あんまりじゃないですか・・・。







 同じような悲劇が各地で相次いでいた。当初防衛の為のみに戦っていた連合軍もすでに憎しみは限界まで達し、もはやベルガを滅ぼすために動くべきとし、さらにその結束を固めていったのである。後がなくなったベルガは全てをチボットに賭けるため、ついに虐殺の知将と名高い双子の将軍を陣頭に置く。すでに引退した身とは思えぬその統率力は、半日にして三万の大軍を招集してしまったのだ。一点突破型の陣形を組み、ベルガ軍はウィンアーザムへと突き進んでいった。









 コルトールを背に歩を進める二つの影。行く当てもなく、ただひたすら前に進む二人。空はすでに薄っすらと明るくなり始め、進む先には広い平野と山しか見えなかった。立ち止まったユウノは振り返り、すでに小さくなったコルトール村を見つめた。そんなユウノの背中を、ボンズはポンと叩いた。
「・・・・・行くぞ・・・・。」
「・・・うん。」
 故郷を失ったボンズはコルトールを旅立つことを決意した。
 彼は信じていた。この命は神が救ってくれたのだと。生きろと言っているのだと。だが、その答えが朝焼けに響いて山彦のように返ることはなかった。
「まだ、やらなくちゃいけねえことがある。」
「・・・・そうだね。」
 旅立つ二人の行く先には、傷ついたアイカが待っていた。その影を追いかけて、1羽の鳩が飛んでゆく。
 山の向こうから昇る朝日が、一行の影を真後ろに照らし出した。未来が在るのかは分からない、でも進んでいくしかない。慈愛も救済も無い朝日に向かって、ただひたすら光の射す方へと。











            3-1


「え!まじかよ!」
驚きのあまり大声をあげた女性は慌てて口を押さえ、隣に座る小柄な少女の耳元によると、今度は小声で喋り出した。
「お前さんみたいな女の子が戦争に必要だなんてねえ。ひどい話だよお。いくら魔法使いだからって、それはないって。」
右手をふるふると振り、顔をしかめる。
黒い服に身を包んだ少女、アルチェは澄んだブルーの瞳を潤ませ、これまでのことを語った。自分が魔法使いであること。人間達の奴隷として、今まで過ごしてきたこと。
「ベルガ王が・・・お前が必要だって、言ってくれたの。だから・・・・おとなしくしていたのに・・・・戦争が起きて、傷ついた兵士たちが転がり込んでくるのを見て・・・・すごく怖くなって・・・・。」
「それで逃げてきたのかい?」
少女は長い黒髪を揺らし、こくりと頷いた。
「私は誰も傷つけたくないのに・・・・どうやったら傷つけられるのかも分からないのに・・・。」
「・・・戦争は残酷だからねえ。」
「・・・・・。すごい数の軍隊が見えたわ。ベルガは機械って言ってた。何なのかよくわからなかったけど、魂が宿らないものが動くなんて、私には信じられない・・・。」
アルチェはその中で、一際大きな何かに寒気を感じたことを思い出した。人の形のようでそうでない。得体の知れない何か・・・。少女は次々とベルガでの出来事を話していった。話を聞いていた女性は一応まじめに聞いていたものの、どうやら話についていけなくなったらしい。ふと少女がその顔を見ると、彼女は頭を抱えて考え込んでいた。
「コノハさん?」
「うーん、よくわからないわ。アハハハハッ。」
ヤパッタネ家の長女、コノハは頭を掻きながら笑った。
民族衣装を身にまとい、髪を上げたどこにでもいるような田舎娘。太っているというほどではないが肉付きが良く、時折みせる行動には女性らしからぬところがあるが、彼女は非常にさわやかな性格であった。魔法使いは人と接することに強い怯えを持つ種族である。だが、ハルには相手を和ませる天性の魅力があった。
「ふふっ、コノハさんは何でも笑うのね。」
「それが善い所だと思っているからね。お、来たよ。」
二人のもとに小太りのメガネをかけた男が走りながら近づいてくる。手には棒状にまるめられた紙を持って、あ、転んだ。
「痛ってええええ!!」
「おいおい、気をつけなよ。泥で汚れたら地図が見えないじゃないかあ。」
こっちこっちと手を振るコノハ。小太りの男は苦笑いをしながら起き上がり、ずれたメガネをなおした。
「少しは僕ちんの心配もしてくれよな。」
ボソボソと小声で愚痴をこぼしながら持ってきた地図を広げた。この地図は魔法使いが作ったもの。今現在の世界の形を、ありのままに映し出す優れものだ。
「ほら、アルチェ。ここがお前の言っていたコルトール村だよ。でもあそこは襲撃に遭ったって話だからねえ。地図に載っているから占領はされていないんだろうけど、本当にここにいくのかい?近道しても1ヶ月はかかるよ。」
アルチェの隣にいるグラマーな女性、コノハは地図のいたるところを指差しながら世界のことを教えていった。小太りの男は僕にも説明させろよといった感じで割り込むのだが、コノハはそれを押しのけて説明を続ける。どうやら彼はこの少し背の小さな愛らしい魔法使いに、淡い恋心を抱いてしまったようだ。
「ああもう、うるさい、うるさああい。少し黙ってろゴリラ!」
「あああ!姉ちゃん、あれほど名前は言うなって言っただろお。」
「お前も十六になって人前で「僕ちん」はやめろよな。それにお前はゴリラって言うより豚だ。・・・そういえばアルチェは幾つなんだい?もちろん私は教えないけどね、ははっ。」
「・・・・・私は・・・えっと・・・・・80・・・ごめんなさい。詳しくはわからないの。」
アルチェは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「ああ、いいねえ若いわー。私もあんたくらいの・・・・・・・え?」
コノハは自分の耳を疑った。え?80・・・・・?何?
目を丸くして見つめるその視線に耐え切れなくなったのか。アルチェは下を向き、顔を赤くしながら小いさな声で喋った。
「魔法使いは長生きなの。でも、人間に比べて心も体もすごく成長が遅いから、人間で言うと15歳くらいだと思うわ。知能も人間ほど高くはないから、見た目と同じくらいだと思う。」
目をまんまるくしたコノハは少しの間止まっていたが、頭の中を整理し終わると再びオーバーな話し方で騒ぎ出した。
「へええ。おい、聞いたかよゴリラ!人間だったらお婆ちゃんだよ、すげえな、アハハハハ。」
「姉ちゃん名前は・・・・。」
ゴリラ(本名)は恥ずかしそうにうつむいていたが、チラチラとアルチェの方に目をやっていた。頭の中で勝手な妄想が渦を巻く。80歳の彼女と17歳のでぶが果たして釣り合うだろうか、うーむ。80歳かあ・・しわもないしなあ、うーむ・・・うむむむむ。
「・・私のこと、変な目で見ないでね・・・。」
辛そうな声を聞いて、ゴリラは再びアルチェの方を見た。彼女は今にも泣きそうにな顔をしていた。辛い経験でもあるのだろうか。しかしデリカシーの無いコノハは、そんなアルチェに気付くことなく笑いまくっていた。
「アハハハ。中身が子どもなら私より年下ってことでいいよな。長生きだからって私にいばったら承知しないかんな!」

アルチェは魔法使いということで長く、差別の目を向けられてきた。何処へいっても疎んじられ、人間になりすましながら町々を点々とする生活を送ってきた。5年もすれば、成長の遅い彼女が魔法使いであることに、誰もが気付いてしまうからだ。ベルガだけが彼女を魔法使いとして受け入れてくれたが、その優しさが狂気の裏返しであるとわかった以上、もはやそこに居ることは出来なかった。

先の対戦で魔法使いは人間と敵対した。戦いの後、彼らは血の契約により魔法を封じられ、ウィンアーザムを追われる結果となる。ゆえにウィンアーザムの先住民とは彼らを指し、今では「裏切り者」というニュアンスを含んだひどい差別の言葉として使われている。人間達はさらにその子孫達が復讐することを恐れ、魔法使いを性別に分け、雌のみを殺して回った。一般に知られる魔女狩りという政策である。魔法使い達はその時唯一赤ん坊であったアルチェを人間の子供として市に出し、限りなく薄い希望に賭けた。つまり、アルチェは最後の魔法を使える魔法使いなのである。だからこそ、ベルガは執拗にアルチェを追っているのであった。自分の正体を知りながらも温かく迎えてくれたこの家族に、アルチェは涙が出るほど感謝をしていた。

「うん。」
ぽろぽろと落ちる涙にやっと気付いたコノハは、予想外の事態におろおろしてしまった。
「おやおや。お、おい、ゴリラ。慰めてやらねえか!気の利かない野郎だね。」
「そんなこと言われてもよう。」
ゴリラは先ほどから気付いてはいたのだが、泣き顔にドキドキして何も言えずにいた。よしっ、言うぞお、ここで優しい言葉をかけて、よしっ、・・・・よしっ。
「ア、ア・・アル・・・。」
話し掛けようとしたその時、コノハがさっとハンカチをだし、アルチェを慰めた。
「さ、泣きやみな。アルチェ。今まで辛い思いしてきたんだろ?ハンカチやるから涙ふきなよ。」
「・・・・姉ちゃん、それはねえよ。」
なけなしの勇気をふりぼったゴリラだったが、結局いいところは見せることが出来なかった。
いつしか三人の会話は楽しかった旅の話へ。笑いあう3人の声が町中に響いた。


コノハの民族は現在百人以上の大所帯で、代々海で漁をしながら旅をする生活を続けている。何かに追われるように、ベルガの城下町を必死に逃げる少女を見たコノハの父は、事情も聞かずに自分の船に乗せ、次の目的地であるこのチボットまで連れて来てしまったのだ。コノハの父、ローエイは人の善い男ではあったが、やや強引な男のようである。

コノハとゴリラは今までの楽しかった出来事や、珍しい貝の話などをしてアルチェを楽しませた。そんな中、ふとアルチェの首飾りに興味を示したコノハはゴリラの話を強引にその首飾りの話へ持っていった。
「それは何なんだい?ものすごく古そうなものだけど。」
木造の受け器に少し大きめの赤い石がはめこまれている。古びてはいるものの、その首飾りはどこか不思議な魅力を持っていた。商売のため、骨董品も扱ってきたコノハには一目でそれがただの石ではないと見抜ける眼力があるのだ。この地図も骨董のために手に入れたものである。
「カルテナの涙じゃないかい!何でこんな貴重なもの。」
アルチェはその石を大事そうに撫でると、柔らかな口調で話し始めた。
「お父さんがね、くれたんだと思うの。中にはお父さんから私へのメッセージが入っていたわ。それでお父さんがね、困ったことがあったらコルトールという村に行きなさいって。そこでアーロンっていう一族がお前を助けてくれるって言っていたの。だから私。」
「へえ、ものごとを記憶することができるって噂は本当だったんだねえ。」
骨董屋の心に火がついてしまったのか、コノハは食い入るようにカルテナの涙を見つめ、黙り込んでしまった。
「・・・コノハさん、顔が近い・・・。」
「お、おお、ごめん。」
「そんなに珍しいものなの?ぼ、僕ちんにも見せてくれよ。」
これはチャンスとばかりにアルチェに近づこうとするゴリラであったが、すぐに引き離されてしまう。
「だめだよ、そんなこと言ってアルチェに触りたいだけなんだろう、お前は。」
ギクッ!
(姉ちゃん何も本人の前で言わなくったっていいだろーーー。)
固くなったゴリラがアルチェの方を恐る恐る見るとなんと、彼女は微笑んでいるではないか。え、ええええ。嫌がってないぞ。いいのか、もしかして、アルチェはすでに僕のことを・・・。
「・・アルチェ、こいつは阿呆だからほっとけ。おまけに妄想家だ。襲われたらすぐに私に・・・・・・。」
「え?」
コノハは少し戸惑い、言葉を濁した。・・・奴隷って・・・そういうのもあるのか・・・?コノハの顔から血の気がさあっと引いていく。
「・・・どうしたの?」
「ア、アハハ、何でもないよ。ほら、あっち行こうぜ。案内してやるよ。」
「じ、じゃあ僕ちんも。」
「お前は来るな!」
「あ・・ちょっ・・・・。」
背中をむけて行ってしまった二人。その後姿を淋しそうに見つめながらゴリラは地図を手にとった。ふと視線を手元に移すと、彼は奇妙なことに気がついた。
「あれ、おかしいな。さっきまではこんなんじゃなかったのにな・・・。」
先ほどまで書いてあったはずの村がない。ベルガとオーランダムを結ぶ直線上、そこに在ったはずの七つの村がわずか百二十分の間に占領されていた。












ガッガガガガガガガガタガガガガガ
     ガガガガガガガッッガガガタタガガ。
 ガガガタガガッガガガガガガガガガガガガガガガガ。
    ッガガガガガガガガガガガガガ。

 気味の悪い音を轟かせて進軍するベルガ軍。先陣を切る30本の足を持つ移動用機械虫、バルガスの中には指揮官である双子の将軍と、その傘下である一人の中佐と二人の少佐、数人の中尉、少尉、軍曹が居た。
「お、恐れながら・・・これ以上時間を費やすのは如何なものかと・・・。」
 少尉が尋ねる。
 双子の将軍、隻眼のバゾンと機手のデルドは80歳を超える老人であり、すでに引退した身。今回の戦争で再び将軍として任命され、兵を率いるものの、その容姿はもはや威厳なく、兵たちは困惑していた。特にデルドはひどく、歩くのもままならぬ状態でこのバルガスに乗り、今も車椅子で移動している。しかも二人とも呑気にワインを飲んでいる始末だった。
「チボットに到着するまでに兵の力を消費し、士気を削ぐのは得策ではない。そろそろ作戦を教えていただきたい!!」
 中佐が怒鳴り散らすように尋ねた。今までに7つの村と街を占領している。チボットに全てを賭けると聞いていた兵達は困惑し、不安を抱いていた。
「・・・おお・・・おおおう、兄者よぅ。ぢょうやら兵達は不安になっておるようじゃ・・・。」
 弟、デルドは震える唇を動かし、囁いた。
「・・・ふん、先代の間抜けめが・・。化学の力に溺れ、兵たちの教育をきちんとせんからいかんのじゃ。」
 二人は今にも消えかかりそうな擦れ声で囁きあった。
「フェロンとベルガのやり方には差がありすぎる。」
 バゾンは吐き捨てるように言った。フェロンはその強靭な肉体をさらに鍛え上げ、鉄でも切れる技を身につける。騎士団長のレベルになれば、剣を振ると風が起こるとまで言われているのだ。しかし、ベルガの指導は武器の使用法が主となる。いかに武器を有効的に使うか、いかに命中率を上げるかの技術訓練から、武器のメンテナンスの仕方まで徹底的に教え込むが、そうなると肝心の戦闘に関しては全てを機械に頼ることになる。勘を磨かずにスコープを使い、ナイフ一本でもなくなると格段に戦闘能力が下がる。
「お爺様が生きていらしたら嘆くことじゃろうて、今やベルガの力は見せかけのものじゃ。こんな下らん軍隊でオーランダムと事を構えようとは、呆れてものも言えんわい。」
「まっちゃく・・・まっちゃくその通りですじょ、兄者・・・。フェロンやウィンアージャムが銃を使い始めたらどうするつもりなのかのお。やちらが下らんプライドを保っておるからよいものを、小国にはすでに銃を導入しているところもあると言うではないか。」
「おお、その点、エル様は素晴らしい。鼻たれのベムを退け、我々を将軍に任命する書を遣わすとはのお。」
「しょうじゃ、しょうじゃ・・・エリュ様がいらっしゃればベリュガは安泰じゃ。」

「将軍っっ!!世間話は後にしてもらいたいっ!!」

 中佐がさらに憤りを見せた。
「おう、おう威勢が良いのお。」 
 バゾンはゆっくりと中佐を睨み、尋ねた。
「お前達は陛下のお言葉を聞いたかのお?」
「はっ、我々は陛下のお言葉を信じ、その悲願達成のために命を賭す所存であります!!」
「お前達は世界の覇権を目指すという陛下のお言葉を本気で信じたのか?」
「・・・お言葉ですが!!将軍は陛下のお言葉を疑っていらっしゃるのでしょうかっ!!聞き捨てなりませんぞっ!!」
「お前達は馬鹿じゃのお。エル様は国民を前にこう仰ったのじゃ。愛するわが国民達よ、怯えることはない。ベルガの民は最も強く、最も聡明であり、最も神聖である。他の国がどれだけ発展しようと、奴等は家畜でしかない。そんな奴等に怯えながら暮らすことは恥だと思わないか?我らの聖地を他国が占領していることに、何故我々は黙ってきたんだ!!従わぬものは殺してしまえば良い。ベルガの力を世へ知らしめるのだ!!武器を取れ!!血を恐れるな!!我らが世界となるのだ!!」
 バゾンは天を仰ぐように両手を広げ、うっとりとした表情で国王の言葉を範唱した。
「あっという間じゃったにょお、嵐のように。エリュ様のお言葉で国民は弾け飛ぶように動き出した。大戦後もベルガはじゅっとびくびくしておった。いつ攻め込まれないか、いつ復讐をしゃれないかとな。加えて先代どもの悪政によってしゅっかりベルガは衰弱してしもうた。しょんな怯えきったベルガの精神を嘆き、エリュ様は先代を殺し、王位を継承したのじゃ。」
「おう、おう、素晴らしいお方じゃ。国民の意識改革と国力の増強を一度に実現させてしもうた。ベルガに根強く残る加害者としての怯えを逆手に取り、国民を被害者に仕向け、怒りに変えるとはまさに天才。」

「・・・・・・・・・・。」
 うっとりとした表情で国王の賛辞を述べる二人にあっけにとられ、中佐達は黙ってしまった。

「良いか馬鹿ども。エル様はお前達にも分かりやすいように言葉を選んだんじゃ。ベルガが世界を征服するというような内容でな。よく考えれば分かる。エル様は知らしめろと言ったんじゃ。すでにベルガが世界一であり、世界のものは全てベルガの物なのじゃ。ただ、我々はそれを世界に知らしめるだけのことじゃ。すでに世界の全てはベルガの物。」
「・・・しかし、それとこれでどう・・・。」
「まあああああああったく、お前達は頭の使い方も知らんのか。街や村を占領したのではない。世界がベルガの物ならば、そこに在るのは全てベルガの物じゃ。駐留軍から予備軍を持ってきただけという考え方が何故出来ん。」
「1000人近くは確保出来たかのお・・・ほほほっ。」
 ―――数秒経ち、中佐達はやっと計画を理解した。移動用の乗り物にも関わらず、何も乗せずに発進されたこのバルガス。今では村や街から集められた大量の捕虜達がその上にぎっしりと乗せられている。
「お前達は先ほどから捕虜捕虜と言っておったが捕虜ではない。兵じゃ、ベルガのな。」
「しょれでもオーランダムは突破できるかどうかわかりゃん・・・。若造のお前達には分からんかもしれんがな。ウィンアーザムは厄介じゃ。」

「・・・・・・・・。」
 皆黙ったままだった。今にも咳き込みそうなこの将軍達がここまで考えていたのも驚きだが、これだけ経験豊富な将軍が恐れるウィンアーザムとは一体・・・。軍曹達は言い知れぬ不安を抱きながら各自の持ち場へと戻っていく。そして軍曹たちから話を聞いた兵士たちは、次の村に着くと死に物狂いで村人をかき集めるのであった。


「ククク、お前も人が悪い。魔法使い亡き今、ウィンアーザムはフェロンほど恐ろしくはないわい。今ごろ彼らは絶え間ない恐怖におびえておることじゃろうて。」
「クク、人を動かしゅのは恐怖じゃ兄者。愛だの忠誠だの、それ以上の恐怖を与えればもろく崩れしゃる。ウィンアーザムの奴らがどう堕ちて行くのか楽しみじゃてのう・・・・そして憎き魔女めに・・・。」
「ククク・・・。――――それはそうと、気づいておるか弟よ。」
「・・・おお、士気が落ちておる。」
「ベルガから離れるにつれて、あんなにも興奮しておった兵達がこの様じゃ。一体何なのかのお。チボットに近づくにつれて散歩に出るかのような穏やかな気持ちになっていくではないか。」
「逆じゃ兄者・・。ベルガにおった頃、民が異常に怯えておったのじゃ。いよいよわし等の予想が当たってきたかのお・・。」
「開かずの扉か・・・あそこ以外には考えられんのお。民を惑わす不吉な匂いがしておった。中に魔法使いが居るのではないか。」
「くくっ、ぢゃとしたら・・・・・。」
 デルドは持っていたワインの瓶を強く握り締めた。
「殺してやるわっ!!!!!」
 バリイイイン。
 瓶が割れ、赤ワインが飛び散り、デルドの義手が血に染まったように赤く光った。


著作者:冬野ユキ   著作者の作品一覧へ   ホームへ
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